第8話 溢れた意志
30分ほど経った頃、先程の魔物の一匹が『関所に入る許可が下りた』と伝えに来た。
「手を上げたまま着いてこい」
「あぁ」
領地へ踏み入る許可を貰えたのは僥倖だったが、予想以上に理性的な魔族の姿にクロードは内心驚いていた。
(人族領地で見られる魔物の殆どは知性の無い獣みたいな奴らばかりだったが……)
魔王軍に入団を希望する以上魔物を不用意に攻撃する事は避けたかったが、どうしても話を聞いて貰えない場合は強硬手段に出る事も考えていた。
人間の間では「魔族は野蛮で凶暴な怪物」という共通認識であった為、下級兵でも報連相の形式が守られる様子にはイメージとの乖離を感じざるを得なかったのだ。
「開門!」
声と共に関所の門が開かれる。
開かれた門の先には先程見たように改築途中の簡素な見張り台、詰所などがある。
クロードが通されたのは関所の隅にある小さな掘っ建て小屋だった。
「入れ」
「ここは……倉庫か?」
「物資には触れるな、後で隊長がいらっしゃる」
そう言って魔物は扉を閉める。
辺りを見渡すと建造資材に使用するであろう石材や簡単な食料品が積まれているようだが、価値のありそうなものは無さそうだった。
空いたスペースに腰を下ろし、薄暗い倉庫を眺めている内にクロードに急激な睡魔が訪れる。
(……そういえば、もう何日も寝てなかったな)
村を出てから不眠不休で歩き続けてきた体は人間としての限界をとうの昔に超えており、一時的にでも休息が可能な場所に辿り着いたことで迅速な睡眠を欲していた。
(どうせ待つだけだ……少し……眠ろう……)
睡魔を意識した途端鉛のように重くなった瞼の重圧に抗うこと無く、クロードの意識はゆっくりと闇へと沈んで行った。
…………
………
……
…
沈んでいた意識が微かな肌寒さで緩やかに覚醒していく。
妙にザワつく周囲の声、そして肌に当たる風の感覚。クロードは目を開くと同時に自身を取り巻く状況を理解する。
倉庫で眠っていた自分が現在いる場所は何も無い地面の上、押し込まれていたはずの倉庫はそこに無く、当然内部に積まれていた物資も跡形なく消えていた。
何より特筆すべきは横たわる自分を槍を構えた魔物達が取り囲んでいることだろう。
「隊長! 目を覚ましました!」
一匹の魔物の報告の後、円陣の奥から隊長と呼ばれた大柄な魔物が現れる。
クロードの倍近くあろう体躯、衣服の上からでも分かる怒張した筋肉に加えて通常の瞳の他に額の位置に開かれた三つ目の瞳が特徴的だった。
「すまない、これは……俺がやったのか?」
「そうだ、貴様は物資のみならず我等の拠点内の建造物を破壊した」
ふとクロードが自身の右腕を見る。
そこに見知った腕は無く、今正に食事中だとでも言うように漆黒の口が何かを咀嚼していた。
(……なるほど、食っちまったのか)
自身の腕と周囲の状態を見れば流石に何が起こったのかは理解出来る。
恐らく過度の疲労で眠りに落ちたクロードの無意識下から開放された【
自分を取り囲む魔物達の表情は明らかに重度の警戒を現しており、奥に控える隊長も厳しい表情を隠そうとしない。
目的も正体も分からない異種族が自分達の物資を食い荒らしたとなれば当然の反応だろう。
無意識であろうと明らかな悪手を打ってしまったクロードはゆっくりと立ち上がり、片膝を地面につく。
左手を胸に、右手を上げて頭を垂れる。魔族間で用いられる拝謁の所作である。
「申し訳ありません。不注意とはいえ貴重な物資を損傷させた事、お詫び申し上げます」
「……礼儀は弁えているようだが、どう贖う?」
理性的な態度でこれ以上気分を害する事は無かったようではあるが、隊長の表情は依然として厳しいままだ。
「はい。全て元通りに行くかは分かりませんが、許可を頂ければお返しする事が出来るかと」
「面白い、やってみろ」
(【
クロードは立ち上がり、地面に向かって右手を構える。
黒く染まった右手が開口し、大きくその口を開く。
警戒を強める魔物達を視界の端に捉えながらも、クロードは「吐き戻す」イメージを固めていく。
「【
ごぽり、と喉の奥からゆっくりと石材が現れる。
じりじりと迫り出してきたそれが地面に落下するのを皮切りに、堰を切ったように大量の物資が喉の奥から吐き出されていく。
数分かけて全てを吐き切ったであろう現場には石材や食糧、噛み千切られた木片が山のように積み重なっていた。
「……恐らくこれで全てかと」
「なるほど、それが報告にあった力か」
隊長が指で吐き出された物資を指し示すとクロードを取り囲んでいた魔物達は槍を下ろし、物資の数を確認し始めた。
(石材と食料品は見た所そのままだな……一口で飲み込んだ物は咀嚼しても元のまま吐き出せるみたいだ)
「隊長、物資の数に変化はありません」
「そうか、では一旦詰所へ運び込んでおけ」
「はっ」
隊長の指示の元魔物達が物資を詰所へ運び込んでゆき、その場にはクロードと隊長の二人だけが残された。
「倉庫の損害は報告するとして、無傷で物資を返還した以上お前の処遇は一旦保留にする」
「寛大な御心に感謝致します」
「それで……お前は自分を人間だと名乗ったな」
「はい」
「しかし、その技は魔法によるものではないな。霊峰を丸腰で越えてきたと言うのも不可解だ、人族が越えられぬからこそ霊峰は境界線となっている」
丸太ほどもある腕を組みながら隊長がクロードを品定めするように眺める。
「もう一度確認するが、お前は勇者では無いのだな」
「偽りはありません、私は魔王軍へと入団する為に来たのです」
「ふむ……」
訳が分からないと言うように隊長が顎を掻く。
「お前の主張も含めて総合的な判断は魔王様が下す。 伝令が届くまで大人しくここで待て」
「分かりました」
「……人族の斥候であるなら始末すべきだが堂々と関所を通ろうとしたり、物資を返還したり、魔王軍に入団したいと言ったりと訳の分からん人間だ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます