第7話 意志の発現

 霊峰を下り下山口へと近づいた頃、木や草ばかりだった景色に妙なものが映り始めた。


 石造りの壁のような物が霊峰の出口をぐるりと囲むように建っている。

 入口にあった人族の立て看板とは違い、恐らく最近に立てられたであろう関所らしき場所の奥には見張り台のような突き出た簡素な塔が建っていた。


「……ん?」


 見張り台を眺めていたクロードの目に、微かに小さな影が映る。人型のように見える小さな影が何やら慌てた様子で見張り台の上を動き回り、何かを取り出したのを視認した数秒後――


 ぶおおおおおおおお!!!!!


 角笛のような野太い轟音が辺り一帯に響き渡る。

 更に鳴り止まない音の奥からバサバサと何かが飛び立つような音、そちらに目を向けると翼を持つ無数の影が宙を舞いながらこちらへと向かってくるのが見える。


 猛スピードのその集団が近づいてくるにつれて影の細かい造詣が明らかになった。


 二本足と二本の腕は人間と同じであるが、鳥のような翼に加えて鋭く歪んだ鷹のようなくちばしからその影の正体は明らかに人ではないことが分かる。

 丁度クロードが彼らの姿をハッキリ捉えた辺りで魔物達は手に携えた弓を構え、狙いを定める。


 ヒュンッ


 鋭い一つの風切り音を皮切りに無数の矢の雨がクロードに放たれる。


 しかしクロードは放たれた脅威を躱さない。

 棒立ちのクロードの右肩、右胸、腹部中央、左脇腹、左足に矢が直撃する。

 矢が命中してなお猛攻は止むことなく、動かないクロードに数分間の斉射を行った後に一部の影が弓を下ろしてこちらへと近づく。


「これが勇者か?」

「聞いていた見た目と違うぞ、それに仲間も連れていない」

「ただの人間か?」

「しかし丸腰の人間が何故霊峰に……」


 足元に散らばった矢を避けながら三匹の魔物が降り立つ。

 訝しむようにクロードをじろじろと観察する三匹だったが、その中の一匹が改めて顔を確認しようと近づいた時だった。


 ギョロリと動いた瞳が彼を捉える。


「なっ!?」


 驚いた魔物が即座に距離を取り、目にも止まらぬ速度で弓を構え、的確にクロードの顔面を撃ち抜く。

 丁度右目の辺りに着弾したクロードの頭は衝撃でがくんと後ろに揺れるが、その身体は相変わらず倒れない。


「……あぁ、そうか。勇者を警戒してるなら唯一の入口を固めるのは当然だよな」


 真上を向いたままクロードがそう呟く。


「な、何だお前!?」

「俺は勇者じゃない、むしろお前達魔族の仲間になりに来た愚かな人間さ」


 ゆっくりと前を向き直ったクロードを見た魔物達はようやくこの得体の知れない人間が絶命していない理由を知る。


 着弾したはずの右目の位置にはあるべき目がなく、周辺は影のように真っ黒に染まっていた。

 矢はクロードの顔に固定されているが、それは突き刺さっている訳ではなく“止められていた”。


 真っ黒に染まった部位をよく観察すれば矢じりを止めている部分は微かに裂けたように開いており、ギザギザとした牙のような物が覗いているのが見える。


「まさか……」


 嫌な予感を感じて他に矢が刺さっている箇所を確認してみると、どこも先程と同じように黒く変色し、獣の口のような裂け目がその牙で矢じりを止めていた。

 ふと、その裂け目たちがぴくりと動いたように見えた。


 グバァッ


 その瞬間、裂け目が大きく広がり受け止めていた矢を呑み込む。


 牙を剥き出し大きく裂け目を広げる姿、そして現在ボリボリと菓子を噛み砕くように矢を咀嚼するその姿は紛れもなく口に見える。

 ごくん、と噛み砕いた矢を飲み込んだ口が静かに閉じると同時にそれらは役目を終えたようにクロードの体の一部へと戻っていく。


「ひ、怯むな!撃て!」

「……はっ!」


 異様な光景に言葉を失っていた三匹だったが、一匹の号令で正気を取り戻したように残りの二匹も構え直す。


 その様子を見たクロードは抵抗するでもなく、静かに右手を前に突き出した。


「【喰らう者ディヴァ】」


 突き出された指先に小さな裂け目が生まれ、そこを起点としてベリベリと上下に裂けてゆく。


 断面から牙を伸ばし、大口を開けて餌を待ち構えるその様子は怪物そのものであった。

 その怪物は開口と同時に放たれた三本の矢を察知したように一際大きくその口を開き、一口でそれらを貪ってゆく。


 咀嚼、そして嚥下を終えた口が牙を噛み合せるように閉じられると再びクロードの腕が姿を現す。


「俺に争う気は無い、話だけでも聞いてくれないか」


 反撃するでもなくそう語りかける目の前の人間に対し、三匹の魔物はほんの少し警戒態勢を緩める。


「……勇者でないなら、人間が魔族領地に何をしに来た」

「魔王軍に入団しに来た」

「は?」


「コイツは頭がおかしいのか?」とでも言いたげに顔を見合わせる三匹だが、だからといって冗談を言っているような雰囲気でもない。


『霊峰を渡る人族は発見次第始末せよ』という命令を受けている彼らであったが、先程の一連の攻防で目の前の人間が自分達にとって手に余る存在である事は簡単に理解出来る。


 魔族と戦争状態である人族が宿敵である魔王軍に入団を希望しているという余りにイレギュラーな事態に直面した彼らが悩み、取った行動は「上層部に判断を仰ぐ」というものだった。


「……城に伝令を飛ばせ、隊長にも連絡するぞ」

「敵意が無いことは分かって貰えたか?」

「それは俺達では判断できない、まずは隊長に判断を仰ぐ。 ここで待て」

「分かった」


 その場に腰を下ろしたクロードを確認した三匹は関所の方へと飛び去って行った。

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