第一章 過去の自分に決別を

第6話 境界線

 家族の亡骸を簡素に埋葬し、クロードはひたすら北に進み続けた。


 廃墟と化した故郷を抜け、荒野を歩き、どれほどの時間歩き続けたのか数えるのを辞めた頃、“境界線”に辿り着く。


『この先断絶の霊峰、立ち入りを禁ず』


 人族の領地と魔物の領地を隔てる霊峰、禁足地に指定されたその山の入口にはボロボロになり文字の掠れた看板が寂しそうに立っている。

 入口を封鎖するための木製のバリケードも設置されてはいるが、こんな場所に来る人間は居らず、よって手入れも行われていないバリケードは簡単に破壊することが出来た。


「……っ」


 霊峰に一歩足を踏み入れた瞬間、クロードを強烈な目眩が襲う。


 そのまま倒れそうになるのを踏み止まるが、数歩歩くだけでも尋常ではない体力が奪われる。

 それは当然の事だった、霊峰……ひいては魔族領地には魔物がエネルギーの糧とする濁った魔力が高濃度で充満している。

 清浄な魔力の中で生活する一般人が対抗策無しで侵入すれば身体が汚染され死に至るだけでなく、その死体はアンデッドとなり知性のない怪物と化す。

 故に魔物によって汚染された地域は封鎖され、浄化が終わるまで立ち入りが禁止されるのだ。


「すぅー……はぁー……」


 しかしクロードはその濁った魔力から逃げるどころか一歩ずつ奥へ進みながら大きく息を吸い込む。


 足枷を嵌められたように重かった足取りは呼吸を進めるごとに一歩、また一歩と速度を早めていく。霊峰の中腹に到着する頃にはクロードの動きは平常時と変わりなく……否、平常時よりも力強いものになっていた。


 舗装されることも無く剥き出しの地面と急勾配や障害物だらけの獣道を不眠不休で突き進むこと約二日、遂にクロードは霊峰の頂へと辿り着いた。


(ここが人族と魔族の境界線……)


 霧がかった景色の中にひしめく集落や建造物の中でも一際巨大で存在感を放つ城。遥か彼方に望むその城こそ、人々を脅かしこの世界に破滅と破壊をもたらす邪悪の化身……『魔王』の根城である。


「これより先に進めば後戻りは出来ぬ」


 体内に入り込んだ宝珠が熱を帯び、聞き覚えのある声がクロードの頭に響く。


「外道を滅すべく自らも魔道に臨みし者よ、その先は血と苦難に塗れた道なり」


 親切にそんな事を教えてくれるのは一体化したクロードの目的を理解しているからだろうか。


 勇者以外の人間が人族の宿敵である魔族の領地に一歩でも立ち入る事は、即ち人間への裏切りを指す。

 反逆者は当然人族領地へ帰ることは許されず、本人のみならずその血族全てが処刑される程の大罪。


 だが、既にクロードに失う物など何一つとして残ってはいなかった。


「もう俺には故郷も、家族も残っていない。今俺を突き動かすのは……奴等への恨みだけだ」

「ならば往くがいい、その黒き意思に祝福を……」


 声が途絶えると同時に宝珠の熱が引いてゆく。

 クロードの目的、それは魔王軍への入団。


 彼は決して人間を滅ぼすという魔王の目標に共感した訳では無い、かと言って魔王を打ち倒し平和を取り戻すという人族に同調している訳でもない。


 言ってしまえばそんな事は「どうでもいい」のだ。

 クロードを突き動かす意思はあくまで『勇者を殺す』という一つだけ、その後魔族が滅ぼされようと人族が駆逐されようと興味は無かった。


 外道エリオットを勇者と祀りあげる人族の世界よりも勇者の打倒を目的としている魔王軍へ向かった方が勇者を補足しやすく、奴等に復讐するチャンスが多いからと考えたから、ただそれだけの理由である。


(魔王軍ならば、あの外道勇者一行に最大の屈辱と苦痛を与えられるはずだ)


 しかし仮に魔王軍へと入団出来ても新入りの下っ端に勇者の撃破という大任が任せられるとは考えにくい。

 運良くそのような任務が与えられたとしても一般兵程度では出来る事など限られている。


 勇者一行へ最大の屈辱を与える為には最低でも指揮官、軍団長程度の地位を手に入れる必要があるのは彼自身も理解していた。


 ならば、手段は一つしか無い。


「俺は魔王軍で成り上がる! 偉くなって偉くなって偉くなって……必ずあの外道達に復讐してやる!」

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