第5話 魔道へと落ちる者

 勇者一行が去ってからどれほどの時間が経っただろう。


 変わらずクロードの肉体は毒に蝕まれ、耐え難い激痛が全身を走る。

 恐らく暫くしない内に彼の命は潰えるだろう。


「父……さん……母さ……ん……シャ……ロン……」


 痛みと幻覚で霞む視界の中で、愛する家族を探す。せめて最期は、家族の近くで死にたいと本能で感じたのだろうか。

 苦痛に耐えながら手探りで家族を探す。


「あぁ……ここ……か……」


 火災と家屋の崩落に巻き込まれ、判別すら厳しい程に損壊した亡骸を必死に集め、抱きしめる。


「父さん……最近……ちょっと髪が薄くなったって……悩んでたよな……」


 全身が焼けただれ、一部が炭化した父親の亡骸。


「母さん……こんなに……手が荒れて……毎日、料理してくれてたもんな……」


 崩落に巻き込まれ、あらぬ方向へ手足の曲がった母親の亡骸。


「シャロン……最近……好きな人が出来たって……相談してくれたよな……」


 嬲られ、汚され、そしてあまりに早く人生を奪われた妹シャロンの亡骸。


「……どうして」


 ぽたり、頬に冷たい雫が落ちる。降り出した雨が火を消し、死臭を消し去ってゆく。


 雨に呼応するようにクロードの瞳から熱い雫が一滴、二滴と溢れ出す。


「どうして……!! どうしてアイツらが生きて……俺たちが死ななきゃいけないんだ……!!」


 普通に、幸せに暮らしたかっただけだった。

 両親に孫を見せてやりたかった、シャロンが大きくなるまで世話をしてやりたかった。


「がっ……!」


 咳き込んだ口を抑えた手の平にびしゃりと生暖かい感触が広がる。豪雨で洗い流しきれないほどの血が口腔から溢れる。


(あぁ、死ぬのか……俺……)


 視界が黒くなり始め、立ち上がる気力すら尽きたクロードは家族の亡骸の上に横たわる。


「クソ……クソ……ッ……クソォッ!!」


 憎い、あの外道達が心の底から憎い。

 家族を殺され、故郷を焼かれて

 それでも奴らは『英雄』として讃えられる。

 そんな事が許されるのか。

 憎い、殺したい、復讐したい。

 嘘っぱちの英雄譚を終わらせてやりたい。


 これまでの人生で感じたことの無いような漆黒の感情が全身を満たした時だった。


「……?」


 懐にとてつもない熱を感じる

 焼け付くような圧倒的な熱。

 最期の力を振り絞り、その熱源を取り出す。


「……宝珠……?」


 それは確かにあの外道勇者達から守る為にクロードが盗み出した祈願の宝珠だった。


 しかし淡い青色の輝きはどす黒い濁りに変わり、包み込まれるような安心感は消え失せ、心臓を鷲掴みにされるような冷たい圧迫感を放っている。

 火傷しそうな程の熱を持った宝珠はまるで生きている様に脈動して感じられた。


「――我を呼ぶのは誰ぞ」


 頭の中に声が響く。

 男とも女とも取れる年齢すら分からない何者かからの呼びかけ。


「全てを燃やし尽くす黒炎の意思よ、その意思で何を目指す」


 クロードは自分でも驚く程に冷静だった。

 強い意志、それは決して正義や愛に限った話ではない。

 彼が感じる絶対的な“殺意”もまた、強固な意思であった。


「アイツらに……あの外道勇者に……復讐を!!」

「ならば得よ、善と悪、生と死、全てを呑み込む絶対的な意志の力を!」


 刹那、宝珠が爆発的な光と共に爆ぜた。

 宝珠の欠片がクロードの肉体に潜り込み、それと同時に煮え滾るような力の奔流が押し寄せる。


 おびただしい血を流す傷口は塞がり、全身の神経を削り取る様な激痛も身体を巡る熱に掻き消されてゆく。


「心せよ、その意思は汝を魔道へと堕とすものなり」


 その声と共に光が収束していく。


 完全に光が消え、ゆっくりとクロードが立ち上がる。

 その身体に傷はなく、普段のクロードと何も変わらないように見える。

 ただ一つ違う点を挙げるならば、彼の目だけは全てを飲み込む深淵のように暗く濁っていた。


『強い意志には力が宿る、だから貴方も自分の道を曲げない人間になりなさい。そうすれば必ず夢は叶うから』


 ふと幼少期の教えを思い出す。


「分かったよ、俺は道を曲げない。 必ず、絶対に、何があっても……勇者を殺す」


 雨に打たれるクロードの口元はいびつに歪んでいた。

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