第3話 嫌悪と決意
日が沈み、村中から集められた食料で母親によって勇者一行に可能な限り豪華な食事が用意される。
準備の最中、クロードが見た父親の顔は今までに見たことがないほどに暗いものであった。
「父さん……宝珠、渡さないよね」
「……渡したくはないが……」
「…………」
呟くように話す父親の目にはハッキリと迷いがあった。「勇者が魔王を倒す為の手助けは全ての人間が無償で行う」というのが世間の風潮であり、勇者への手助けを断ったとなれば厳しい批判を受けることも容易に想像できる。
しかし、それでもクロードはエリオットに宝珠を渡す気が起きなかった。この村、そしてその長である父と母は祈願の宝珠を守る為にこの村を運営してきた。来るべき時に、しかるべき人間に託す為に長い間宝珠を守り続けてきた両親、そして先祖の人生が全て無駄になってしまうような気がしたからだ。
「……しかし勇者様へのもてなしに手を抜く訳にはいかん、お前も思う所はあるかも知れんが――」
「……うん、大丈夫だよ。分かってる」
完成した料理を片っ端から運ぶ。採れたての野菜を使ったサラダやスープ、村長一家でも滅多に食べられないような大きな肉、今までに見たことの無いような量の酒……正にこの村で出せる最上級の料理だった。
しかし――
「なぁにこれ? ルナ野菜嫌いなんだよね〜」
「おい!酒が足りねぇぞ!! さっさと持って来ねぇか!!」
「嫌だ、このお肉脂身ばかり。随分と質が悪いこと」
「えらく準備してたから多少は期待してたんだけどね、まぁド田舎じゃこれが限界か」
不満そうな顔で文句を言いながら勇者一行が食事を終えた時には殆どの料理は手を付けられず、酒のみが無くなっていた。
父にばかり心労をかける訳にはいかないと案内役を変わったクロードも、作り笑顔を保つだけでも精一杯だった。
「……お部屋をご用意しておりますので、お好きにご利用下さい」
「ねぇ、昼に居た女の子は?」
「……妹のことでしょうか」
「へー、妹なんだ。 可愛いねぇ、妹さん」
「…………」
エリオットがニヤニヤと笑みを浮かべる。
「何? その目、俺はただ君の妹を褒めただけなんだけど」
「……申し訳ありません」
残飯の大量に残った皿を片付けながら一行に目をやると、酒が入ったせいかエリオットと女性陣がベタベタと触れ合っている。今にも盛り合いそうな雰囲気に嫌気が差し、さっさと皿を片付けて部屋を後にすることにした。
「……ごゆっくりどうぞ」
部屋を後にしてすぐに中から艶っぽい声が聞こえてきた事で中で何が行われているのか容易に想像できた。
(……やっぱり駄目だ、あんな奴らに宝珠を渡しちゃいけない)
夜も更けてきており、家族はもう眠る頃だろう。
普段ならクロードも床に就く頃だが、彼の足は自室ではなく屋敷の外へと向かっていった。
………………………
村から少し離れた森の中、そこに”祈願の宝珠”を祀る祠がある。
そこまで深い森ではないが、内部はそれなりに入り組んでいるため村の住人で無ければ祠までスムーズにたどり着くことは出来ない。
古びてはいるが手入れの行き届いた祠に父親の部屋から拝借した鍵を差し込むと、キィという軽い音と共に扉が開く。
「……これが“祈願の宝珠”」
祠の扉が開くと淡く青い光を放つ宝玉が見える。クロード自身も存在は知っていたものの実物を見るのは初めてであった。
触れると微かに温かく、包み込まれるような安心感が湧き上がってくる。
しかしこんな深夜にここへ来たのは宝珠を鑑賞するためではない、クロードは宝珠を盗み出しに来たのだ。
「ごめん父さん……父さんを信じてないわけじゃないけど……でもやっぱり俺はあの勇者達を信用出来ないよ」
祈願の宝珠を懐に仕舞い、改めて祠に鍵を掛け直す。早く戻らないと勘づかれるかもしれない。そう思い復路に向き直った時にクロードの鼻は妙な臭いを感じ取った。
焦げ臭い、何かが燃えているような臭い、しかしこの辺りではない。
次に異変を感知したのは視覚だった。復路の先……村の方向から明かりが見える。
ここは辺境、こんな夜中に遠くから見えるほどの光が出せる施設は存在しない。
「ま……さか……まさか……!?」
最悪の予感が脳裏をよぎる、勘違いであってくれ、間違いであってくれ。
そう祈りながら森の出口へとひた走る。
出口が近づき、光と臭いが強まっていく。予感が確信へと変わり、出口へと飛び出したクロードは最悪の予感が的中してしまったことを知る。
「あ……あ……!!」
村が、燃えていた。
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