第2話 勇者の来訪
「強い意志には力が宿る、だから貴方も自分の道を曲げない人間になりなさい。そうすれば必ず夢は叶うから」
名もなき辺境の村、そこで村長の息子として生まれ育った青年クロードは幼い頃から母親にこう教わってきた。
小さい頃はよく意味を理解していなかったクロードも妹のシャロンが産まれ、兄となった事で『家族全員で幸せになる』という人生の目標を立てた。
傍から見れば地味な目標に見えるかもしれないが、クロードはそれこそが自分の生きる意味だと信じていた。
昼は畑を手伝い、夜は家族と食卓を囲み他愛もない話をする、そんな当たり前でありふれた日常。勇者と名乗る四人組が村へやってきたのはそんないつも通りの日だった。
畑で作業をしていると、何やらざわついた声が耳に入る。
騒ぎの方向へ目を向けると、辺境の村には似つかわしくない華美な服装の人影が歩いてくるのが見えた。
クロードと同じように騒ぎに気がついたのか、父親が外へとやって来る。
「ここの村長は?」
「私ですが……どちら様でしょうか」
「『勇者エリオット』って言えばわかる?」
「!!」
『勇者エリオット』、その名前には聞き覚えがあった。
この世界の中でで人間が暮らすエリアの遥か彼方、魔物と呼ばれる異形の怪物を従える『魔王』を倒す為に王国から依頼され旅をする男の名前、生まれ落ちたその時から数多の加護を受けた世界の救世主。辺境の村であってもそれくらいの情報は流れてきていた。
「貴方があの勇者エリオット様……!?」
「とりあえず中に入れてよ」
「はっ……はい!どうぞこちらへ!」
小さな村の中であの勇者エリオットが訪れたという噂は直ぐに広まり、勇者様一行に無礼があってはならないと村中からありったけの食料や酒が村長の屋敷へと運ばれ、その手伝いにクロードとシャロンも駆り出されることになる。
「ねぇお兄ちゃん、あの人が勇者様なの?」
「あぁ、そうらしいな」
「すごいね!勇者様って色んな魔物を倒して困ってる人を助けてくれるんでしょ?」
「…………」
目を輝かせるシャロンとは対照的に、クロードは勇者一行に対して不快感を覚えていた。
仲間であろう三人はこの村に着いてからというもの「寂れてる」「こんな所に泊まりたくない」「さっさと出ていきたい」と言いたい放題であったからである。しかしそれに関してはクロード自身もこの村がそれほど豊かでない事も、寂れている事も理解していた為まだ理解出来た。彼が最も不快なのはエリオットのシャロンに対する視線だった。
まだ10歳になったばかりの妹を舐め回すような下卑た視線で見つめるその表情は話に聞いていた高潔な勇者のイメージからはかけ離れていた。シャロン本人がその視線に気づいていないのはまだ幸いと言えるのかもしれない。
しかしそれはクロード本人の好き嫌いであり、客人をもてなすという父と母の思いを裏切る理由にはならなかった。
あらかた荷物を運び終えたクロードはシャロンを部屋に帰し、客間の扉の前で聞き耳を立てる。
「……それでエリオット様、何故このような辺境の村に貴方様が」
「この村にあるって言う“祈願の宝珠”が欲しくてね」
「!!」
「何でも強い意志に反応して持ち主に凄い力を与えるらしいじゃん。まぁ正直そんなの無くてもどうにでもなるけど『勇者』としての箔がつくと思ってねぇ」
「……祈願の宝珠はこの村の至宝でごさいます、我々は長い間宝珠を――」
「あーそういうの良いから、こんな村の歴史とか興味無いし」
「そのような言い方は……」
「勇者が『世界を救う』っていう強い意志の元で更なる力を得る――何か良い感じのストーリーでしょ? この村も勇者縁の地として有名になれるし」
「…………」
「まぁ今すぐじゃなくても良いよ、何か色々準備してるみたいだし今日はここに泊まるから」
「えぇ〜!? こんなボロボロの村に泊まるんですかぁ? ルナやだ〜」
「いつも一等級の部屋だから逆に新鮮だろ? まぁこういう庶民の暮らし? っていうのを経験してみるのも面白いんじゃないか」
今すぐに部屋に飛び込んでエリオットを殴りつけたい衝動に駆られたクロードはそれを何とか押さえ付ける。
「……あんなのが勇者なもんか、“祈願の宝珠”をただのアクセサリーみたいに言いやがって!」
信仰の対象ともなっている祈願の宝珠は正にこの村にとって命のような物だった。
(あんなクズになんて……!)
拳をきつく握り締めながら客間の扉を後にする。
しかしクロードはこの時、まだ勇者という称号に淡い希望を持っていたのかもしれない。
仮にも王国から認められた人間、性格に難はあっても普通の倫理は持ち合わせているだろうと……
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