第4話 走れ!!
夏希を追いかけて道路に飛び出したそれは車よりも一回りも二回りも大きかった。
丸くぶよぶよとした黒みがかった青紫の体。
オタマジャクシのような質感に芋虫のような形をしている。
そんな気持ち悪いものが、夏希の後ろを追いかけている。
声が出なかった。ただただ、目を大きく開いた。
小さく、はっ、と息を漏らした。
汗が頬を伝って顎から落ちていくのがわかった。
今まで見てきたどんな生き物にも似ても似つかないその化け物を見て一瞬それは幻ではないかと思ってしまった。
しかし追われている夏希を見てあれは自分が作り出した幻覚ではない事を自覚する。
夏希にもあれが見えている。そしてその化け物に追いかけられている。
足を止めている場合じゃない。
夏希が危ない。
そう咄嗟に判断し、階段を転げるように降りていき、僕は夏希の元へ走った。
新種の生き物だろうか?気が狂った科学者が作った生物兵器だろうか。
様々な憶測が頭の中で浮かんでは消されていく。
どれも現実離れしていて、自分の中では上手く考えられない。
階段を下り切った所で、携帯を置いてきたことに気が付く。
もともとジョギングに行くだけなのだから、持っているのは家の鍵と小銭くらいしかなかった。
しまった。まずは警察に連絡するべきだった。
しかし、そう思ってももう遅い。
あの化け物から夏希を守れる手段が何も思いつかないが、そんな事を考えている場合ではなかった。夏希を追いかけなければ。
僕は全力で夏希のもとへと突っ走った。
走りながら夏希、夏希と叫んだが、夏希には聞こえていなかっただろう。
心臓がいつもよりバクバクと動いているせいか、そんなに走ってもいないのに足が痺れるようだ。
夏希がいた大きな道路まで来たが、無論そこには誰もいない。夏希はあの化け物に追われて更に先へ行ってしまっている。
そこはいつもの普通の街だった。電柱も倒されていないし、けが人も誰もいない。
そしてふと疑問に思う。
あれほどの気持ちの悪い生き物がいて、
何故今この街はパニックになっていないんだろう。
それはほどなくして理由を知ることが出来た。
道のはるか先に、夏希とさっきの化け物を見つけた。
その化け物は近くで見るとそのぶよぶよの体から無数の人間のような腕が生えていた。
そしてその体はうっすら透き通っていて、まるでスライムの様だった。そして化け物は一瞬こちらを見る。そして驚きのあまり息が止まった。
顔は人の身長ぐらいの大きな目玉が付いているのみだった。小学生の時の運動会で皆で転がしたあの大玉ころがし位の目玉なのだ。
「夏希!」名前を叫んでみたが、今度は届いただろうか。夏希がこちらを見たかは分からなかった。
先ほどまで全速力で走っていたから、大きい声も出ていない。
汗がぼたぼたと滴るが、拭わずそのまま走りだす。
すると、夏希のすぐ後ろを、女性が犬を連れて小道から出てきた。無論、夏希の後を追っているあの化け物を目の前にした。
しかし、犬は驚いて吠えて威嚇するのに、女の人は何喰わぬ顔で犬のリードを引っ張る。
化け物は、犬の威嚇に少し怯んだが、そのまま夏希を追いかけ始めた。
この街がパニックになっていない理由。
あの化け物は、夏希と僕にしか見えていないのか。
これじゃあ、警察を呼んだって助けを求めたって無駄じゃないか。
パニックになりながらも、夏希の後を追いかける。
そして、ふと思う。
あの化け物なら、大きな道路より細く入り組んだ道を選んだ方が確実にまける。
なのに夏希はずっとこの大きな道路を走っている。
これじゃあ体力が尽きてしまえば追いつかれるのも時間の問題だ。夏希は追われていない僕でさえこんなにパニックなのだから、あの気持ちの悪い化け物に追われている夏希の方が相当パニックになっているのかもしれない。
早く、早く夏希に追いつかなければ。僕はスピードを上げて夏希を追いかける。
夏希は走る。道路に突き当たる大きな森を目指して。
その後をオタマジャクシのようなムカデのようなスライムのような化け物が追いかけていく。そしてその後を僕は走っていく。
夏希を追いかけてたどり着いたのは、あの道路が突き当たる森。
そしてその森には廃墟がある。かつて社宅だったマンションが立ち並ぶが今はその会社は倒産したのか、誰も済むことはなく、ただのコンクリートの塔となっている。
土地の買い手もつかぬまま、その建物は腐食していき、気味悪がって誰も来ない。
建物たちは少しずつ、少しずつ、朽ちていく。
誰もがその存在を知りながら、忘れ去られてしまっている。
街の喧騒から隔離されたそこは不気味な位静かで、余計に僕を怖がらせた。
ふと、地面に誰かが置いていったバールが落ちていた。こんなもので戦える気がしないが、ないよりはましだ。
かつて駐車場に使っていた場所は、コンクリートの継ぎ目から雑草を生やしている。
乱雑に置かれた立ち入り禁止の看板を飛び越えて、夏希を追いかける。しかしあの化け物も夏希の姿も見当たらない。
「夏希!」声を挙げてみるが返答がない。あたりを見回しながらさらに奥へと入っていく。
見失ってしまったことに焦る。このままでは夏希が死んでしまう。食べられてしまうかもしれない。
あちこちを走りながら夏希を探す。
あのおぞましい姿をした化け物に、夏希が食い殺されるのを一瞬想像して、走った時とは別の汗がにじみ出る。
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