第2話 セピアの影
僕の家は盆地の丘にたくさん作られた住宅の一つ。
ご老人なら上るのを諦めるであろう階段が住宅の間を這うようにして幾つもある。
若者の僕でさえ、帰るべき家がなければ正直、上りたくないような急な階段がいくつもある。
やっとの思いで家につくと思い切りドアを開けた。
ガチャガチャ、バタン!
「ただいまー。」
「ちょっと秋二、玄関のドア乱暴に閉め過ぎ!毎回言ってるでしょ!」
母がリビングから顔を出して僕に注意する。ほんのりと野菜とソーセージの入ったスープの匂いがする。
「ハイハイ。」適当に返事をしてリビングと居間を通りすぎ、奥にある自分の部屋に入る。
僕の部屋には何もない。制服のまま、ベッドに横になる。
真っ白な本棚にあるのは参考書と漫画と少しの小説。ギターも望遠鏡も、束ねられたキャンパスノートも、今はクローゼットの隅でほこりを被っている。出窓から射し込む光が、部屋の中をぼんやりと照らす。
高校一年の時に入っていた写真部は、入部3ヶ月でやめた。
高揚気味に購入した一眼レフもクロゼットでとうの昔にもう存在しないかのように箱に仕舞われている。
写真部の人たちは皆優しかった。上下関係も厳しくないし、部活自体は嫌いじゃなかった。放課後とになればゆるりと集まって、お菓子を食べたり、写真を撮って見せあったりした。
使い方とか、綺麗な撮り方とか、色々教えてもらったのに、僕は理由も特になく、辞めることにした。
僕はいつもそうだった。
カメラや望遠鏡やギターたちは僕が小遣いを溜めて自分の金で買ったものだ。
大切なそれらは、僕が夢中になって欲しがったわけではない。
いや、本当は夢中になっていた。無我夢中で自分の世界に入り込む自分がいることを想像して、そうなりたくて、夢中になった。
でも、僕の中に、その夢中を続ける燃料はコップ1杯だってなかったのだ。
あこがれるバンドの歌を歌いたかったわけでも、美しい写真を撮りたかったわけでもない。まだ見ぬ未知のものに心惹かれたわけでもでもない。
僕はただただ夢中になるものが欲しくて手当たり次第に手を伸ばしたのだ。
空っぽになっていく自分の時間が怖くて、僕は何かに夢中になろうとしたのだ。
でも、僕は手を出したそれらを、夢中になり切ることが出来なかった。熱くこみ上げた情熱は、更に熱を上げていく前に、寧ろ熱が上がることをきっかけとして、氷点下まで急激に下がっていく。
それは落下に近い。ジェットコースターよりも早く、もがく間も与えられないまま僕は僕の中が冷めきっていくのを抗えずに受け入れるしかない。
そして抗えないことに自暴自棄になり、そんな自分に浸り、そしてまた、何か夢中になれるものはないかと、目を血走らせて探す。
そんな繰り返しを、ずっとやっている。その繰り返しに終わりが来ない。
あれらは、もう要らないものだとはっきり分かっているけど、捨てることは、できなかった。
掴みきれないモヤが、いつもいつも僕の身体や脳にまとわりついていて、普段は姿を見せないくせに、僕が幸せを感じる瞬間にそれは鋭い形となって現れる。
そしてそのまま僕を奈落の底まで引きずり込むのだ。
このたくさんのモノ達は、もう一度僕が触れる日が来るのだろうか。
もういっそこのまま埃に被って見えなくなればいいのにと思う。
そして、そういう憂鬱な気分に浸って居ると、いつも決まって、何か声が聞こえる気がする。
嫌、聞こえるのだ。鮮明に、夢のように。
自分の脳裏に、こびりついて離れない、僕とよく似た声。
「出来損ないが生きてるなんて。」
聞こえないふりをする。
ベッドからおきあがり、携帯を見る。
「人から命を奪っておいて、お前はその空っぽのまま生きてくんだな。」
違う。違う。頭の中で何度も否定をする。
しかし脳裏にこびりつくような声は
大きな重い影のように僕を縛り付け、僕をいつも動けなくするのだった。
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