遺産相続7日目

 翌朝、俺は半年振りに有給を取った。

「はい、保健所が来ますので。申し訳ありません」

 始業開始と同時に会社に電話を入れた。スマートフォンを握る手と反対の手はもう動かない天翅の髪を梳いていた。

 遮光カーテンの隙間から朝日が差し込む早朝、硬い床に慣れずに目覚めた。そのときには腕の中の天翅はすでに冷たくなっていた。

「おい」

 と頬を叩いても何の反応もない。名前を呼ぼうとして細い肩に手をかけたときに、名前すらつけてやらなかったことに気付いた。

 名前がなければ、これからどう思い出せばいいのだろう。もう二度と天翅を飼うことはないだろうけれど、思い出すたびに「天翅」では味気なさ過ぎる。

 昼に保健所の職員が天翅の死骸を回収するまで、ずっと傍にいた。可愛いと思いはじめていた。意思の疎通もたどたどしいながら出来るようになってきていた。でも何もかも七日間では短過ぎる。

 何度目か頬をなぞって、肩を撫でたとき、胸ポケットに何か残っていることに気付いた。若干の後ろめたさを感じながらポケットに手を突っ込むと、白とピンクの包装紙に包まれた角砂糖がひとつづつ出てきた。贈答用の角砂糖を使い切ることも出来なかったのか。それはテーブルの上に乗せた。ころ、と四角い角砂糖が一度転がった。

 インターフォンが鳴って、保健所の職員の来訪が告げられたときは、目の前が真暗になった。

「こちらの天翅の回収でよろしいですか」

 このワンルームに、俺と保健所の職員二人と天翅ひとりは多過ぎる。

「はい」

 そう答えると、保健所の職員は手際よくと死体袋に天翅を入れた。それは特別雑でも丁寧でもなく、事務作業なのだと思い知らされた。死体袋のファスナーが閉められるとき、髪に巻いたリボンが、角砂糖のラッピングに使われていたものだとようやく気付いた。

「あ」

 なんでもっと早くに気付いてやれなかったのか。飾りのリボンをつける程、気に入っていたなんて思いもしなかった。

「何か?」

 職員が抑揚なく尋ねてくる。

「いえ、なんでもありません」

 せめてリボンくらい持って行けばいいと思った。

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遺産相続 藍生朔 @ki7co

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