遺産相続3日目

 三日目の朝はマグカップに淹れた白湯に、白い紙に包まれた角砂糖を添えてやった。昨日見たサイトの中に、マグカップ一杯分の白湯に角砂糖ひとつの分量を天翅に与えるのは問題ないとあったからだ。

 テーブルの上の見慣れない角砂糖に小首を傾げる天翅に、マグカップに包装紙から取り出した角砂糖を摘まんで入れて、スプーンで混ぜて見せる。

「これ、飲めるか?」

 まだ渦を巻く白湯を淹れたマグカップを差し出すと、天翅はサイズの合わないワイシャツの、ほとんど袖に隠れた指先でマグカップに触れた。俺の方を黒い瞳が見上げる。「飲んでいいのか?」と訊かれているようだった。

 頷くと、そっとマグカップを持ち上げて、でも重たいのか顔の方を近付けて、ちろ、と赤い舌で水面を舐めた。

 ぴくり、と翅が動いた。途端にただでさえ大きな天翅の目が見開くので、目玉が零れ落ちるかと思った。ほんのりと頬は紅潮し、俺とマグカップの間をゆっくりと視線を交互に行き来させる。何かインターネットの嘘を信じてしまったのだろうか。天翅に苦しむ様子はない。むしろ目元に赤みが差し、僅かに口角が上がっている。

「美味しいのか?」

 羽化してから初めての味覚に驚いているのだろうか。尋ねるけれど、恥じたのか、怒られると思ったのか、天翅はすぐに目を伏せてしまった。それでも天翅がマグカップの中身を舐めるのを止めないのを見て、少し安心した。細いのどが何度も上下する。

 角砂糖は昨日、ネットで記事を読んでから帰りがてらに買ったものだ。そんなにたくさんはいらない。贈答用の細いリボンの巻かれただけの、簡易にラッピングされた少量のものを選んだ。角砂糖を包む白とピンクの包装紙が少女らしいと思った。

「贈り物ですか?」と尋ねた店員には「いえ」と答えた。そこまで大仰にするつもりはなかった。ただネットの記事を確認するためだ。実際角砂糖だけを贈る奴なんてそうそういないだろう。店員だってただの確認だ。

 今朝はそこからひとつ、角砂糖を取り出した。白い包装紙だった。

 天翅は実に時間をかけてマグカップの中身を空にした。こと、とテーブルにマグカップが置かれたことを確認する。

「ほら、手、出せよ」

 今にも折れてしまいそうな天翅の腕を引いた。小さな手のひらが宙を泳ぐ。そこにラッピング、といってもリボンを巻き直しただけのものだけれど、数個の角砂糖の入った小袋を押し付ける。

「美味しかったら、また入れればいい。やり方はさっき見せた通りだから。お前の好きなときに入れればいい」

 天翅は俺の方を一度まっすぐ見た。ぴくぴく、と透明な翅が動く。「わかった」とも「ありがとう」ともつかないけれど、初めて何か意思が通った気がした。長い睫毛に縁取られた大きな黒い瞳に、日差しの加減か光が差し込んだ所為かもしれない。赤い小さな唇が僅かに笑ったようだった。現金なものでそういうさまを目にすると、三日目にして、ようやく天翅を可愛いと思った。

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