エピソードTWELVE

今日は、収録初日。現在私は、パリのとある収録スタジオに来ている。


「キャストを発表します。主人公アイ役を演じていただくのは、"優しさのかくれんぼ "にて主人公を演じられました、イトナさん。準主人公を演じていただくのは、"俺を導く"にて主人公を演じられました、棗 (ナツメ) さん。そして、・・・」


見るからに有名声優ばかりだ。しかも、準主人公が棗さんって・・・。


「これからは、みなさんでこの話を作り上げていただきます。・・・ストーリー名はずばり・・・」


ずばり!?




「紅月の花園で」



聞いてびっくりはしなかったが、とてもいい名前だと思う。


「楽しみましょう!」




ふと横を見ると、脇役に干されてしまった女性声優が座っていた。この女性声優は、20歳で声優デビューをし、デビューからたった半年で名を挙げた、ものすごく有名な人だ。当時はあの美貌と美しい声に魅了される人が大半であったため、とても敵う相手などいなかったらしい。



突然、その女性声優は大きな音を立てて立ち上がった。



「なんで・・・なんで私が脇役なんですか!」


悪役女性が言いそうなセリフだ・・・。


「はいはい。いいですから、もうお座り下さい」


「納得いきません!私20歳の頃からこの業界にいるんですよ!?それなのに、たった半年前に入ってきた高校生なんかに、主役を奪われるなんておかしいです!」


マネージャーと監督に言われてもなお、講義をしようとしている。



「棗くんの隣に並ぶのは私のはずだった!だって私の方が顔も良い、スタイル良い、声も良い!それに比べてイトナさんはどうですか!・・・みんなわかってることでしょう!私の方が主役にふさわしいって!みんなわかって・・・」



その女性声優が調子に乗り出していた時だった。監督が、睨みをきかせた。



「はぁ・・・うるさいねえ、君は」



場が凍りつく。



この監督は、映画やアニメなどの多彩な作品の中でも優れた監督として有名。昨年には、賞を取られていた。そんな監督も今年で48歳。若いころとは一変し、性格も丸くなっている。


だから、演者の中では「笑顔の監督」「演者のパパ」としておなじみなのだ。そんな監督が怒ることなど滅多にないため、その場にいる人全員が恐怖を感じている。


監督と関わったことがなかった新人の私でさえも、恐怖で動けないでいる。




「あのねぇ、なんで君がその役かって聞かなくてもわかるでしょう」


女性声優はまだ粘るつもりだ。


「僕は、あんたの演技が好きだからその役にしたのね。年代関係ない。演技のフィット感を選んでんだから。あんたの役やりたいってオーディションを沢山受けてくれた人いたよ?残念ながら、みんな落ちた。でも、落ちてった人達みんな言うよ。自分の演技が悪かったんだ、って。君も見習いな」



監督の言葉は、受ける側でなくても心に響いた。



「なんで・・・なんで!!なんでよ!!だって、どう考えたってこんな役、私にふさわしくない!」



女性声優は、未だ声を張る。もうそろそろ諦めないのだろうか。すごい粘り気。納豆もびっくりだろう。




「こんな役・・・ねえ・・・。わかった」


「え!いいの!?ありがとうございます!」


監督がGOサインを出したかのように思われた。その時だった。




「喜んでもらえて嬉しいよ・・・君にはこの作品をおりてもらう」



監督がすごく大きな言葉を放った。その場の人達は驚いただろう。てっきり、GOサインを出しているのだと思っていたのだから。



「いいかい?こんな役、なんてバカにした言葉使っちゃダメだよ。受けてた人にも失礼だし、僕も軽蔑する。声優は、どんな役でもこなさなきゃ」



そう言って監督は、収録スタジオを出ていった。




その後、その人は絶望のふちに落とされたような顔をしていたが、そんなことは言わないであげよう。




そして、その人を抜いて収録が始まった。

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