エピソードSIX
家に帰って、私は荷造りを始めた。
「いいですか?あなたは1週間後に旅立つんです。それまで御家族やお友達ともお話をきちんとして、悔いのないように家を出るんです」
マネージャーはそんなことを言っていたが、私には友達なんていないし、家族と言える人もいない。強いて言うなら・・・香月・・・だろうか。
「ただいまあ」
だるそうに家のドアを開ける声がした。香月だ。
「おかえりなさい・・・」
リビングに入ってきた香月をちらっと見て声をかける。香月は何も言わない。
「あ、あの・・・晩御飯、食べる?」
「いらん」
私は何も言えなくなった。そっか、の一言も。
「なんで学校来てなかったの」
「へ!?」
香月はすごく面倒くさそうな顔をした。
「友達から聞いた。なんで休んだの」
私の目を見ない。だから私も、香月を見ないようにと必死で横を向いた。
「あ、えっと、お仕事に呼ばれて・・・」
「あっそ」
それだけ?今までの香月なら、「え!?もしかして新しいお仕事来た!?うっひょーーーーー!」っとか言ってたと思う。けど、今日の香月は何も言わない。私に目もくれない。
「あのさ・・・お仕事決まった・・・よ」
少しでも香月に顔を上げて欲しくて、必死に話す。
「主役・・・らしいんだ。色んなキャストさんがいらっしゃるから、大掛かりな収録になりそう・・・だから、当分の間、学校休むことに・・・なった」
香月の腕がピクっと動いた。
「あ、立つのは1週間後とかって言われてる。ほら、私最近香月に会ってないだろ?最後の1週間くらいはと思って・・・」
香月はまだ顔をあげない。
「行くってどこに。市内のどっか?」
香月がボソボソつぶやく。
「県外・・・だと思う。言われてないから分からないけど」
「いつ帰ってくんの」
「わからない」
「作品の仕上がりそうな目処は」
「わからない」
「じゃあ僕はどうすんの!」
香月が叫ぶ。
「・・・わからない」
私は何も知らされていない。その作品の主役ですとだけ言われた。
「なんにも知らずに引き受けたのかよ!?」
「だって・・・大掛かりなものだって聞いたし。キャストさんも豪華だったから」
もしかしたら、この仕事でさらに人気がアップするかもしれない。最低でも、名は知れ渡るだろう。お金が入ってくる。そうしたら、香月に自由をさせてあげられる。一緒に旅行だって行けるようになる。
「本当に姉さんって・・・仕事のことしか頭にないんだな」
「・・・」
何も言えず、香月を見つめた。
プルプルプル
電話がなる。
「はい、忠です」
「イトナさん!!!伝え忘れてたことがあって電話させてもらいました!今お時間よろしいですか」
相手はマネージャーだった。
「行く場所をお伝えしていませんでしたね。収録現場は・・・」
「パリです」
「!?」
私は驚いた。パリ!?県外だと思っていたのだが、全く見当違いだった。
「あ、ご心配なさらず。学校なら、パリの芸能学校に席を置いてもらえる事になっていますので。ほら、イトナさん英語もフランス語も喋れるじゃないですか。ね?」
よかった言語喋れて・・・ってそういうことではない。
「あの・・・収録の終わる目処っていうのは、どのくらいかかるものなのでしょうか」
香月がこちらをちらっと見た。
「そうですねえ・・・早くて2、3ヶ月、遅くて半年ってとこですね」
2、3ヶ月・・・半年・・・。その月日は、私にはとても荷が重いものだった。
「ちなみに作品名は・・・秘密です!」
「え、ちょっと!」
「すみません、切りますね!来週の準備に取り掛かりますので、イトナさんも心の準備をお願いします!それじゃあ」
ツーツーツー
切られた。受話器を手放し、香月を見る。
「パリってどういうことだよ・・・?」
香月が顔をしかめる。
「県外じゃなかったのか・・・?」
「香月・・・聞いてたの?」
香月の目から涙がこぼれおちていく。
「香月、私・・・」
「2、3ヶ月も、僕は、ひとりぼっちでいなきゃいけないのかよ・・・姉さんが、いない真っ暗な部屋で・・・真っ暗な雰囲気で・・・真っ暗な・・・心で・・・」
「香月・・・大丈夫。2、3ヶ月の辛抱だ。それが終われば戻ってこられる」
私は香月の背中を摩った。
「長かったら半年だろ!?・・・そんな長い時間・・・」
香月の気持ちは痛いほどわかる。でも、香月と一緒に暮らすために、香月を自由にさせてあげるために、私が働かないといけない。
「ごめん・・・香月」
私は香月の背中を撫でることしか出来なかった。
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