第16話

やってしまったと思ったときには、もう遅かった。




「は…?な、なんだよいきなり…」




「なにキレてんだよ、意味わかんね…」




僕の叫びを受けて、教室の空気が一変したのだ。先ほどまで話しかけてきたやつらが僕から一斉に距離を取り、一様に怪訝な表情を浮かべている。


それは当然のことであり、離れてくれるのは望むところではあったけど、この状況は決して僕にとって都合のいいものではなかった。




(最悪、だ…)




変貌したのはなにも場の空気だけではない。僕を見る目も同様で、好意的だった視線が明らかに違うものへとなっていく。突き刺すような冷たさを持った二対の視線が、そこかしこから突き刺さる。




それをなんと呼ぶか、僕は知っている―――敵意だ。






「おい、どうしたよ。ひょっとして、陽葵ちゃんと付き合い始めたからって調子乗ってんの?」




最初に話しかけてきたきたのは、ついさっきまで馴れ馴れしく肩を組んできたクラスメイトだ。口調は変えず、だけど語気が荒い。


明確に不機嫌になっているようだ。手を払いのけられたのだから、それは当然なのかもしれない。




「いや、ちが…」




「じゃあなんだよいきなり。キレるポイントなかったろ。マジわけわかんねんだけど」




さっきまで彼にたいしては不快感しかなかったはずなのに、今ではすっかり萎縮してしまった。元々クラスでの立ち位置は彼のほうが上であり、僕は中堅グループに属した平凡な生徒だ。力関係がまるで違う。


陽葵に勝てないことのショックから、交友関係を広げることもおろそかにしていたツケがここで巡ってきたのかもしれなかった。




(う…)




ならばと周りを見渡しても、友人達は皆僕から目をそらした。


……これも当然なのだろう。なにしろ発端はこの僕だ。むしろ軽蔑の目で見られないだけマシかもしれない。




「おい、台場。なんとか言えよ」




「あ、ごめん。あんなことを言うつもりは…」




詰め寄られ、出てくる言葉もたどたどしい。ろくに弁明もできない自分が情けなくて仕方なかった。


そもそも僕はなにを人に頼ろうとしていたんだろうか。僕はむしろ、頼られる側の人間になりたかったはずなのに。


そう、例えばこんなとき、誰かが困っているときに手を差し伸べられるような、そんな―――




「タケルちゃん!」




そんな、ヒーローのような存在になりたかったというのに。


それこそ、今の陽葵のような。




「陽葵…」




陽葵の、ような…ヒーローに…




なりたかったんだ。本当に。




本当に

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