第11話
人生における重要な分岐点というのは、唐突にやってくるものだと昔聞いたことがある。
本人が意図していないタイミングで唐突に決断を迫られるのものなのだとも。
その話を聞いたとき僕が抱いたのは、ろくに心構えもできないとか生きるって理不尽なものなんだなという、ごく平凡な感想だったことを、おぼろげながらも覚えていた。
まぁ結局のところ、心のどこかで自分には関係のない話だと思っていたということだろう。
だけど、今は違う。他人事のような気持ちで耳を傾けていたあの時の僕に言ってやりたい。
ああ、その通りだと。人生ってやつは理不尽だ。
せめて自分で選んだ結果ならまだ納得がいくというのに。
誰かの取った行動により答えを迫られるというのは、こうも嫌なものなのかと、つくづく思い知らされた。
なにより当事者にならないと分からなかったことに気付いてしまったのが、なんとも忌々しい。
考えればすぐ分かることだったのに、結局真剣に考えなかったツケが回ってきたということなんだろう。
―――迫られた決断からは逃げることができないという、ごく当たり前のことに
「タケルちゃん…」
「…………」
陽葵が僕の答えを待っていた。
こちらを不安げに覗き込みながら、それでも目をそらすことなく真っ直ぐに僕を見つめていた。
アーモンド型の大きな瞳を潤ませ、睫毛は微かに震えているのが分かる。わかってしまう。
なにしろ目が合ってしまっているわけだから、陽葵の様子がまるわかりだ。意図しているわけでもないのに彼女の情報が視覚を通じ、心になだれ込んでくる。
……それがまた最悪だ。目をそらせば、きっと陽葵を傷つける。
そんなつもりはなくとも、この状況で目をそらすということは、言外に陽葵に気はないのだと言っているようなものだから。
なら口を開けばいいのだろうが、なにを言えというのだろう。
母さんが言った通り、僕は君が好きだと告白すればいいのか?馬鹿言え。今の僕にそんなことを言う資格があるはずもない。そんなのは世迷い言のようなものだ。言えるはずもなかった。
じゃあ答えたくないというべきか?先延ばしは出来るかもしれないが、今の陽葵を見るにそれで納得してくれるだろうか。追求された場合、どう答えればいい?
分からない。そもそもこんなことを今答えなくてはいけないとか、想定外にも程がある。
僕に欲しいのは時間であり、陽葵に勝てるなにかがないと、僕は自分に自信を―――
(あ、れ…?)
陽葵に、勝つ?それって、なにかがおかしいんじゃ―――
「あ、陽葵ー!」
思考の海に沈みかけていた、その時だった。
唐突に陽葵を呼ぶ声が、僕の耳へと飛び込んできたのは。
タッタッタッと駆けてくる足音も鼓膜が捉え、こちらに近づいてくるのが分かる。
陽葵も自分を呼ぶ声を無視できなかったのか、少し残念そうにしながらも、僕から視線を外して声の持ち主へと振り向こうとする。
「……タイミング、ミスっちゃったな」
その際小声でなにか言ったような気がしたけど、僕にはよく聞こえなかった。
「おはよー!陽葵、今日は早いんだね」
「カナちゃん…うん、おはよう」
明るく朝の挨拶を交わす友人らしい女の子に、陽葵もまた挨拶を返すのを見ながら、僕は密かに安堵する。
(良かった…少なくとも、これで…)
時間は稼げる。そう思ったのだけど、
「あ、台場くんも一緒だったんだね。おはよー!……へぇ、陽葵。アドバイスちゃんと実行したんだ。手が早いねぇ」
「ちょっ、ちょっとカナちゃん!余計なことは言わなくていいから!」
どうもそういうわけにはいかないようだ。
運命ってものは、簡単には開放させてくれないらしい。
陽葵をからかいながらも、カナと呼ばれた女子の視線は、僕を見据えるように捉えていたのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます