第8話
人間というやつは、どうもとことん身勝手にできているらしい。
あんなに知られるのが嫌だったというのに、気付かなければ気付かないで、不満を持ってしまうのだから。
傲慢なことは分かっていても、陽葵なら。ずっと一緒にいた幼馴染なら、そんなことを言って欲しくなかった僕の気持ちをわかって欲しかったと、そう思わずにはいられない。
誰かを思いやれることを美徳と教えられるのは、そういう意識を植え付けないと人はどこまでも残酷になれるからだ。
学んで始めて正しさを知るということは、逆を言えば人は生まれつき自分勝手な生き物だということなのだろう。
そんな性悪説というべき原初に刷り込まれた本能は、確実に僕の中にも根付いている。
簡単に言えば、僕は今陽葵の親切心から出た言葉に、ひどく苛立っていた。
……本当に勝手なものだ。何も口にしないくせに、自分の気持ちだけを押し付けて。
期待しといて失望する。陽葵からすればたまったものじゃないだろう。
彼女に僕の気持ちに応える義務なんて微塵もないんだ。
だからここで陽葵にこんな不満をぶつけるのは、間違ってる。
そう、間違ってるんだ。
「…………」
「……?どうしたの、タケルちゃん?」
押し黙る僕を見て、陽葵は不思議そうな顔をした。
タオルを持ったまま、僕の顔に触れる手前でピタリと手を止めているのは、一応僕の気持ちを汲んでくれてるからだろうか。
(そうだ、陽葵は強引なことをする子じゃない。こうして僕の言うことを、ちゃんと聞いてくれる子なんだ)
陽葵はいい子だ。だから皆にだって好かれてる。悪い噂を聞いたこともない。
性格の悪い子だったら今頃とっくに取り巻きだけを残して、内輪で固まるくらいが精々だったろう。今みたいにクラスの中心にいられるはずもないんだ。
だから陽葵は間違っていない。
間違っているのは、いつだって僕のほう。
こんな感情を優しい陽葵の前で抱いてしまう僕が悪いんだ。
「……なんでもないよ。ゴメン、タオルだけ貸してもらっていいかな。拭いてもらうまではしてもらうのは、ちょっと恥ずかしいしさ」
そう自分に言い聞かせ、僕は陽葵の持つタオルに手をかけた。
陽葵の気持ちを汲んだ折衷案のつもりだが、これで陽葵も納得してくれるだろう。
「ぁ…う、うん。そうだよね、タケルちゃんも男の子だもんね」
「あはは。今さら?僕も少しは成長したつもりなんだけどなぁ。背だって割と伸びたしさ」
なるべく汚さないよう意識しながら、軽く汗を拭いていく。
同時に陽葵との会話も、できるだけ普段のものを意識した。
「うん。本当に、大きくなった…昔は私より小さかったのになぁ」
「小学校のときはそうだったね。伸びたのは中学からだし」
いつも通りの取り留めもない、幼馴染の会話だ。
前に進む話ではなく、過去を振り返り懐かしむ、僕らにしかできない会話。
強いて言うなら、そこに今との身長差。男女の成長の違いというやつを、ちょっとしたスパイスとして添えただけの、ごく平坦な話題でしかない。
だけど、これで良かった。
感情的になる要素は省かれている。心を落ち着かせるにはこれ以上ない、僅かながらのブレイクタイム。
会話を楽しむより、荒れ始めた心の波を静めることこそが、この会話の狙いだった。
「そうだっけ…でも本当に、男の子らしくなったよね、タケルちゃん」
そう言って目を細める陽葵。優しくこちらを見つめる瞳を前に、僕は隠すようにタオルを顔へと押し当てる。
―――どこがだよ。僕はこんな女々しいことしか考えられずにいるってのに
今の表情を陽葵に見せないようにしながら、僕らは平和な会話を続けていく。
「はは…そうだと嬉しいんだけどね」
少しだけ、汗じゃない雫がタオルに染み込んだ気がしたけど、それはきっと気のせいだろう。
気のせいと言ったら、気のせいだ。そう思ったほうが、心は保てるから。
「それよりさ、今日はいったいどうしたの?わざわざこんな朝早く…」
「あ!そうだ、それが本題なの!」
話を変えようとしたところで、陽葵が思い切り食いついてきた。
その剣幕に、今の僕ですら引くほどの勢いで彼女は言う。
「一緒に学校に行こうよタケルちゃん!」と
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます