第6話
タッタッタッと、細かなリズムを刻みながら、アスファルトを蹴る足音が地面に低く木霊する。
履き古したランニングシューズと着慣れたジャージ姿で、僕はまだ暗さの残る住宅街を走っている最中だった。
「ふ、ぅ…」
空気はまだ少し冷たいけど、寝不足の頭には風を切る感覚が頭をシャキっとさせてくれるようで、なんとも心地いい。
まるで嫌なものを振り払えているように思えて、僕は少し走る速度をあげていた。
「はぁっ、はぁっ…」
同時に少し息も上がってきたけど、それでもまだまだいける。
子供の頃よりずっと体力はついているんだ。あの時みたいに立ち止まることはない。
歩みこそ遅いかもしれないけど、確かに僕は前へと進めているはずだ。
(これだけはやっていて良かったと思えるかな…)
この早朝のランニングは、昔からずっと続けている日課のようなものだった。
初めて陽葵に負かさせた記憶がそうさせたのか、それとも悔しさが細胞にまで行き渡っているのか。深く考えたことはない。気付けば自然と朝は早く起きるようになってしまった。
無駄に寝覚めはいいものだから、二度寝しても寝付けやしない。
どのみちどうせやることもないし、それなら多少有意義に時間は使うべきだろう。
もちろん、陽葵との差がこんなことで縮まるなんて思っちゃいない。
これはただの自己満足。結果的に継続しているだけのことではあるのだけど、僕はこの時間が嫌いではなかった。
「頭空っぽにできるって、いいことだよ」
乾いた唇を舌で湿らせながら、そうひとりごちる。
最初は半ば意地になりながら走っていたけど、今となってはこうして朝学校に行く僅かな隙間を縫って行うこのルーチンワークが、僕の数少ない癒しの時だ。
こうして走っている間は、余計な考えをせずに済む。流れていく景色のみに集中し、ただ身体を動かし続けた。
「ふぅ…」
そうしてランニングを続けること数十分。目標地点から折り返した僕は、自宅へと再び足を向けていた。
軽くクールダウンしながら、行きよりも少しだけ歩調を弱めた。このあとは学校があると思うと、自然とこうなってしまう。
だけど気持ちの憂鬱さと体調管理はまた別の話だ。家に近づきながら、いつも通りの手順を踏みつつ、今の自分の体調をチェックするが、今日はなんだか、少し身体が重い気がした。
(やっぱり昨日はあまり寝れなかったからかな…)
学校ではろくに進められなかったテスト勉強は、家に帰っても続けていたが、それでも結局上手くいかなかった。
どうしても頭のどこかで、陽葵のことを考えてしまうからだ。
振り払おうとしてもままならず、意地になって机にかじりついていたのが良くなかったのかもしれない。
無理矢理詰め込もうとしたところで、効率があがるはずもないことは長年の経験から分かっているはずだったのに…まぁ、これは今更言っても仕方ないことだ。なにかをやっていたほうが気が紛れることもある。
勉強をしていなければ、あるいは寝付けずに朝を迎えていた可能性だって、決してゼロではないのだから。
「大丈夫、僕はまだ大丈夫だ…」
押し潰れたりなんてしない。
どんなに現実がクソなものであろうと、負けてなんてやるものか。
努力なんて報われないものだけど、それでも僕は、絶対に陽葵に勝てる何かを―――
「ん?あれは…」
そう自分に言い聞かせるように、僕は再び前を向いたのだが――家の前に、誰かいる。
誰だろう。散歩でもしているご近所さんだろうか。
いや、それにしては立ち止まっているし、なんだか、見覚えが―――
「……あ!来た!おーい、タケルちゃーん!」
錆び付いていた頭が回り始め、結論を出そうとする前に、声が聞こえた。
その声も聞き覚えがある。そもそも僕をちゃん付けする子なんてひとりしかいないんだ。
「なんでいるんだよ…」
認識した途端、爽やかに思っていた朝の風が、重さを増して僕にまとわりついてくる。
まるでヘドロのようだ。僕はもうこれ以上、足を進めたくなかった。
貴重なひとりの時間は、あっさりと潰えていく。
それでも僕は行かなくちゃならない。
陽葵があんなにも嬉しそうに、そして綺麗に笑っているのだから。
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