第5話
私には幼馴染がいる。今も昔もずっと一緒の、とても大切な幼馴染が。
その子はタケルちゃんという男の子なのだけど、昔からの癖が抜けなくて、高校生になった今でも呼び方を変えることができていない。
そのせいもあるのか、どうも昔から私は彼に女の子として見られていないような気がしてならないのだ。
もちろん今の幼馴染という間柄も、私にはとても心地よいのだけど、その先に進むにはすごく高い壁があるように感じてしまうことが多々あった。
意識させるのが難しいというか、昔から知っている仲だからこそ、踏み込むための距離感を測りかねてるところもあると思う。
所謂男女の関係になるには、私達はあまりに距離が近すぎた。
だけど今さら離れることなんてできないし、考えることもできない。したくもない。
それくらい私達はずっと一緒に過ごしてきたし、私はタケルちゃんのことをずっと見てきた。
……ううん、ちょっと違うかも。男の子という意味では、今も昔も、私は彼だけしか見ていない。
私はタケルちゃんの頑張っている姿が好きだった。
どんなことにでもいつも一生懸命取り組んで、それでいて手を抜くこともできない不器用な性格だから、見ていてちょっと危なっかしいところがある男の子。
見てるとハラハラしちゃうものだから、なんだかほうっておけなくて、気付けば私が助けてあげなきゃと思ってた。
幸いなことに私は人より要領が良かったらしく、少しやり方を教わるだけで大抵のことはすぐにコツを掴むことができたため、ちょっとだけ先回りしていつも彼の手助けをすることができたのは本当に良かったと思う。
出来が良く生まれさせてくれた神様に感謝だ。もちろんパパとママにも。
私はいろんな意味で、縁や運にも恵まれていると思ってる。
以前のタケルちゃんはいろんなことに手を出す人だったから、そのぶん覚えることが多くて大変だったけど、今となってはとても感謝してるんだ。
おかげで私も出来ることが人よりもたくさん増えたし、普通に過ごしてたら知らなかったことを、たくさん知ることもできたから。
ああ、そういえば。
始まりについては、結局聞けてなかったな。あの頃のタケルちゃんは最初は私を放ってひとりで走ってたり、勉強してたりしていたっけ。
それを寂しく思った私がこっそり後をつけたことが全てのきっかけだったはず。
子供の頃の話だから、単純に好奇心が旺盛だったのか、それともやりたいことがたくさんあったのかは、ついていくことに精一杯だったあの頃の私は結局聞く機会を逃したため、今となっては分からない。
分かっていることと言えば、そう―――私の気持ちが、あの頃からまるで変わっていないということくらいだろうか。
頑張っているタケルちゃんが好きだった。一生懸命なタケルちゃんのことが、私は昔から大好きだった。
私は要領が良かったとは言ったけど、少し訂正しなくちゃいけない。お世辞抜きに良すぎたのだ。
どんなことでも大抵のことは人並み以上にこなせるためか、私はこれまで生きてきて、苦労したという記憶が正直いってあまりない。努力したという実感が薄いかった。生きているという感覚すら、あるいはおぼろげだったかもしれない。
人に頼られることはそれはそれで嬉しいことだったけど、人とは違うという、一種の疎外感のようなものを、私は常に感じていた。
なんでこんなことも分からないんだろうとか、もっとこうすればいいのになんでしないんだろうという思いが、どうしても頭の片隅から離れないのだ。
傲慢な考えだとは分かっているけど、これがきっと私という人間の業なのだろう。
多分私は一生このままで、根っこの部分は変わることなく生き続けていくんだと思う。
だけど、たったひとりだけ。
こんなどうしようもない私でも、普通に接することができるひとが、たったひとりだけいるんだ。
私にいろんなことを教えてくれた人。頑張り屋の幼馴染。
不器用で頑固だけど、どんな時間がかかっても、始めたことは最後までやり通す強さを持った、私の大好きな人。
タケルちゃんといるときだけ、私は幼いあの頃のままでいることができる。
彼のことが大好きという気持ちで満たされていた、あの頃のままで。
だから私はいつもタケルちゃんのそばにいた。
離れていって欲しくなんてなかったし、今までずっと彼が隣にいてくれたから、私は今日まで生きてこれたんだと思う。
私はタケルちゃんの前では頼れる幼馴染でいたかった。
タケルちゃんの前を歩いて手を繋いでいれば、決して離れることはないからだ。
タケルちゃんに教えてもらった強さで、私は彼のことをいつまでもつなぎ止めておきたかった。
…………だけど最近、彼の様子が少しおかしい。
気のせいかもしれない。たまたまそうであるだけなのかもしれないけど、なんだか避けられているような気がしてならなかった。
大丈夫だと自分に言い聞かせようにも、胸のざわめきは消えてくれない。
今日だってそうだ。帰りに誘っても、にべもなく断られてしまった。
なんでだろう。こんなこと、これまであまりなかったことなのに。
「分からないよ、タケルちゃん…」
ベッドに身を投げ出して、私は視線を宙へと彷徨わせる。
男の子の感情というものはあまり学べていない。告白は全て断ってきたし、タケルちゃん以外の人の情報なんていらないと思ってた。
外面をちょっとよくしていれば、これまで特に問題なく過ごせていたからだ。
いざという時のことを考えたら、もっと学習しておくべきだったのかもしれない。
後悔の感情が襲ってくるけど今更だ。どうしようもないし、タケルちゃん本人に問い詰めるなんて選択肢は問題外。
要するに、今の私は詰んでいたのである。自力では状況を打開する方法が、全くもって見当たらなかった。
「はぁ…」
自然とため息が漏れた。タケルちゃんに関しては、どうしても消極的になってしまう自分がいるのは自覚している。
だけどいつまでもこうしているわけにもいかないだろう。彼を狙っている女子は、なにも私だけじゃないんだ。
「取りたくない手段なんだけどなぁ…」
ひとりごちると、私はスマホを手にとった。
そのまま操作して文字を入力。勢いに任せて送信し、後は待つだけ…って、もう既読ついてる。早いなぁ…
(苦手なんだけどね、誰かに頼るのって)
だけどこうしていても、なにも解決しないのもまた事実。
タケルちゃんとの関係を先に進めるために、私はどんなことでもするつもりだ。
―――そう。それこそ、告白だって。必ず
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