第二章⑦
「でも、そなたはサフィニアの真の騎士ではないと聞いていますよ」
痛いところを突かれたマローネは、同時に屋敷の人間しか知らないことを
(な、なぜそれを……)
「わたくしが世話をしてあげましょうか? 《隠れ姫》に拒まれ続けるより、よほど有意義でしょう?」
甘い匂いと
「ねえ、サフィニア。この騎士を扱いかねているのなら、引き取って差し上げてよ? お前が、人を使えるとは思えないもの」
「……決めるのは、私ではありません」
サフィニアの静かな答えに、王妃はマローネに視線を戻す。答えを促されていると気付いたマローネは、ハッキリと告げた。
「わたしが剣を捧げるお方は、サフィニア王女殿下だけにございます」
「ふぅん……」
一度は下ろされた王妃の右手が、再び持ち上げられた。手入れされた指が、マローネの赤くなった頰に
「――――」
「おやめ下さい!」
「大げさね。本当にお前の騎士になりたいのかどうか、確かめてあげただけでしょう。 ――よく
鼻白んだ王妃は、マローネの頰から手を離すと、すっと距離をとった。 「時間ね。陛下をお待たせするわけにはいかないわ。わたくしはもう行きます。……サフィニア、せいぜい
王妃が部屋を出て行くと、さっと横から伸びてきた手により、マローネは
「顔を見せなさい!」
「え? サフィニア様? ――っ」
主の
だが、喜んでもいられない。
「あれほど、大人しくしているように言ったのに!」
「主の危機を見過ごすなんて、わたしにはできません」
「どうして、そこまで」
「泣き虫だったわたしに、変わる切っ掛けをくれたのはあなたです。今度はわたしが、どんなものからもあなたを守るのです」
それは、マローネにとっての
「……わざと王妃を怒らせました。そうすれば、あなたには関心を向けないと思って」
「そんな……! わたしが一歩でも遅れれば、サフィニア様が叩かれていたんですよ!?」
「いつものことです。どうとも思いません」
「なっ……!!」
いつも、こんな暴力がまかり通っていたのか。誰も止めず知らないふりをして、こんな風にサフィニアが思うまで、放っておいたのか――マローネの頭に血が上る。
「思って下さい!」
サフィニアは、マローネの顔の傷をとても心配してくれるのに、自分自身にはまるで
「
「この顔など、どうでもいいと言っているのです」
「よくありません! もっとご自分を大切にして下さい!」
自身を
すると、サフィニアは目を丸くして黙ってしまった。
「あ、あの、サフィニア様?」
「まさか、あなたに怒られる日が来るなんて、思いませんでした」
ため息交じりに吐き出された声は、力の抜けたものだった。
「私はただ、《隠れ姫》の現実を知ってくれたらいいと……そして今度こそ私に見切りをつけてくれたらいいと思ったのに、まさか庇うなんて……」
自分を伴ったのは、追い払うため。――サフィニアの真意を知り、受け入れてもらえたと思っていたマローネは、自分の甘さを
だが、それでもマローネには、どうしても伝えておきたいことがある。
「申し訳ございません !! サフィニア様のお気持ちに気付かず、出過ぎた真似を! ですがご安心下さい。わたしは騎士――あなたをお守りできる人間です」
だから、自分だけで
「本当に……あなたって人は……。それで、こんな傷を負うなんて……」 「この程度、かすり傷です!
冗談めかして明るく言ったマローネに、サフィニアは、くしゃりと表情を
「ありがとうございます、マローネ。……私を守ってくれて」
感謝の言葉にマローネが感激していると、
「ひゃいっ!?」
「――っ!」
驚きから
「ササササフィニア様! 一体、なにを……!?」
「え、私はただ、あなたが舐めれば治ると言うから、それならと、思って……」
「ご、ご心配は嬉しいのですが、あの、他人の傷口を舐めるのは、あまり、よくないと思います、はい」
「他人になんて、しません。相手があなただから……っ……!」
途中で、サフィニアは言葉を切って口元を押さえてしまう。
「わたし、ですか?」
マローネがじっと見つめると、サフィニアは気まずそうに目をそらす。 「……いいえ、なんでもありません。――もう、戻りましょう」
マローネは一瞬だけ漂ったおかしな空気を
「かしこまりました! お帰りの際も、サフィニア様のことは、わたしが全身全霊を
こうして、マローネはサフィニアと共に屋敷に戻った。
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