第二章④

 その日の夜。マローネはかげながらできることをしようと、騎士団から帰ってくる際に思いついたこと――夜間の見回りを実行することにした。

 屋敷は城のしき内だ。じゅんかい経路から外れていたとしても、まずめっなことは起こらないだろう。だが、マローネがしのび込めたように、へいの一部に穴が空いていたりもする。

 夜に見回ることで、陽があるうちには気付かなかったことにも目が行くかもしれない。それにこの行動は、日々のサフィニアの安全につながるはず。

 そう考えて、メアリがじゅくすいしているのを見計らいけ出してきたのだが、月明かりの下で最初にマローネがしたことは――反省だった。

(うう、どうしてわたしはこう……この大馬鹿者!)

 サフィニアは謝罪を受け取る気はおろか、マローネの顔を見ることすら拒絶していた。

 部屋での言動は、完全にあくしゅだったと今になって痛感する。

(サフィニア様にとっては、過去の思い出話ですらこくなことだったんですね……)

 傷ついたような表情が、寂しげな呟きが、マローネの頭からはなれない。

(あんなお顔、させたくなかったのに……!)

 笑顔でいて欲しいのに、自分が彼女からそれをうばってどうするのだと、マローネは自身のけいそつさを責めていた。

 そうやって、おもなやんで歩いていたのが悪かったのだろう。

 不意に屋敷の窓が開かれ、マローネは驚いてビクッと肩をはねさせた。

 なぜ窓が開いたのか、自分が今いる場所は屋敷内だとどこら辺だったかと考え――青ざめた。失念していたが、ここはちょうど、サフィニアの部屋の前だ。

 案の定、窓の向こうに立っていたのはサフィニアだった。しょくだいあかりを向けられ、冷ややかな声が投げかけられる。

「こんなけに、なにをしているのです」

 無表情のサフィニアに見下ろされ、マローネは正直に答える。

「よ、夜の見回りです……」

「……命じた覚えはありませんが?」

「はい、その……わたし個人の判断です……!」

 ばつが悪くマローネが苦笑いで答えると、サフィニアは片手を額に当てた。

「……なぜ、あなたはそう……」

「え?」

「いい加減にもう、出て行く準備をしているかと思っていました」

 サフィニアは珍しく困った顔をしていた。困り果てて、どうしていいか分からない……そんな表情を見て、マローネはきんしんだが嬉しいと思ってしまった。

 まだ自分を気にかけてくれているのだ。マローネは主のうつわの大きさに感動する。

「心配して下さったのですか? わたし、サフィニア様を傷つけたのに……」

「は? 別に、あなたの図太さに呆れているだけです。それに……おちびさんの言葉ごときが、私になにかえいきょうおよぼすとでも?」

 気まずそうにそらされる視線と、ばやな皮肉。そんな不器用なし方から、マ

ローネはサフィニアの変わらない部分を見つけた。

 口調も、ふんも、浮かべる表情すらも変わってしまったけれど――おくそこには、優しさ

かくれている。

「えへへ」

「なにを笑っているのです。人がしんけんな話をしているのに」

 マローネが思わず笑い声をもらすと、サフィニアはムッとした表情を浮かべた。だが、やがてまゆじりを下げる。

「だから、そんな風に笑っている場合ではないと……」

「申し訳ありません! その、気にかけていただけたことが嬉しくて、つい……」

 マローネが答えると、サフィニアは「そうですか」とたんそく交じりに呟いた。

 だが、浮かれてばかりはいられない。今の自分にできることを期日まで続けるのだと決めているマローネは、一礼して見回りに戻ろうとしたところでサフィニアに止められた。

「おちびさん。見回りの必要はありません。ウロウロしてないで、早く休みなさい」

ずの番は得意ですから、わたしのことは、どうかご心配なく!」

 胸を張るマローネに、サフィニアは引っかかりを覚えたらしい。

「……まさか、夜明けまで外にいるつもりですか?」

「はい! わたしが、外敵からお屋敷をお守りするので、どうぞご安心下さい!」

「寝なさい」

「え? いいえ、サフィニア様、わたしはこれから夜間の番を……」

「ダメです、寝なさい。仮にも王城の敷地内ですよ? 夜の見回りなど必要ありません」

「でも、お屋敷の周りは巡回路から外れております。念には念を入れ、わたしが……!」

「そこまでする必要ないでしょう」

「少しでも、サフィニア様のためにできることをしたいんです!」

「…………」  

 サフィニアはいっしゅん沈黙し――。

「……もう休みなさい、おちびさん」

 その呟きは、突き放すでもなく、ただただおだやかだった。

「子どもは、ねむる時間です」

「子どもではありません! あなたにけんささげたい、ひとりの騎士です」

おうじょうぎわの悪い人ですね。本当に、扱いに困ります」

 サフィニアが目をせる。

「サフィニア様?」

「……あなたの努力は分かりました。けれど、それで昼間に差しつかえが出ては困ります。 ――主の頼み事を聞くのも、騎士の勤めではありませんか?」

 まさかそう返されるとは思わなくて、マローネは言葉にまる。

 サフィニアは、さらに続けた。

「私のお願いです。今夜はもう、休みなさい。言うことを聞いてくれなければ、そっこく屋敷から追い出します」

 それは嫌だと首を横に振れば、サフィニアは「よろしい」と頷く。

「では、部屋に。……メアリを起こさないようにして下さいね」

「心得ております」

 なにせ、夜間の見回りは誰にも秘密である。戻る時も、メアリを起こすようなヘマはしないとマローネは自信満々で答える。

「今日は、このまましゅうしんいたします!」

「……今日は?」

 いぶかしむサフィニアの声に、マローネは誤魔化すように笑って言った。

「おやすみなさい、サフィニア様!」

「…………」

 少々疑いのまなしを向けられたが、今はこれ以上問答する気はないとばかりに、サフィニアはため息をついて――小さな声で、答えてくれた。

「…………――おやすみなさい、おちびさん。いい夢を」

 そして、窓がパタンと閉じられる。もうサフィニアは顔を出さないと分かっているのに、マローネはしばらくそこから動けなかった。

(お……おやすみなさいって、言ってもらえた……! よし! 明日はサフィニア様のじゃにならないよう、灯りなしで見回りしよう! ふふ、がんばるぞ〜!)

 


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