第二章③

 期日まで、残り一週間。

 自分の気持ちを押しつけるよりも、サフィニアに迷惑をかけず、それでいて主君の役に立てる仕事をしたい。

 つみほろぼしではないが、それが散々彼女に迷惑をかけた自分にできる恩返しではないかとマローネは考えたのだ。もちろん、最終的には護衛騎士にしてもらいたいというのが本音だが、まずは今のサフィニアとしんらい関係を築かねばならない。 

(半月の期日がきて……たとえ今回はダメでも、諦めません。そして、……サフィニア様をご不快にさせたまま期日を迎えるのも、絶対に嫌です)

 なにかひとつでいい。彼女の負担を減らすことはできないか。こうけんできることはないだろうかと考えている間に、屋敷の前にたどり着いてしまう。 

 相変わらず、門を守る者すらいない静かな屋敷周りを見て、マローネはあることを思いついた。

(そうだ! これなら、わたしでもお役に立てます!)

 さっそく今夜から実行しようと、ウキウキ屋敷に入ったマローネは、戻ったことを報告するためにサフィニアの部屋へ向かった。

 部屋の前に立ちノックすると、名乗る前にまさかの入室許可が出る。

 喜び勇んで扉を開くと、椅子に腰掛けていたサフィニアがぎょっと目を見開いた。

「ただいま戻りました、サフィニア様」

「どうしてあなたが……!」

「え? 今、サフィニア様が入ってもいいと仰ったので」

「それは、ヨハンだと思って……」

 マローネも首をかしげる。

「ご一緒ではなかったのですか?」

 先ほど自分と入れわりに彼を呼んでいたので、ヨハンはずっとサフィニアのそばにひかえていると思っていたのだ。

「ヨハン殿も、こちらにいるとばかり……。届け物を終えたご報告に上がったのですが ……あっ! 探しに行きましょうか!?」

 このづかいは逆に主の反感を買ったようで、サフィニアの細いまゆがグッと寄せられた。

「いいえ、必要ありません」

「でも……」

「彼は、出かけたのでしょう……よくあることです。戻ってきたら、届け物の件も伝えておきます。……それよりも、もっと他に言うべきことがあるでしょう?」

 サフィニアからうながされた言葉に、マローネはハッとした――。またひとつ、できること を思いついたのだ。

「よろしければ、ヨハン殿が戻るまで、お部屋の前に控えさせて下さい……!」

 サフィニアは面食らったようにマローネを見た。

「い、いかがでしょう!?」

 ヨハンがいなくて心細いのだとしたら……部屋の中に居座るのはこばまれるだろうが、扉の前くらいなら人のいる安心感もあるし受け入れてもらえるかもと、ドキドキしながらマローネは主の反応を待つ。すると、サフィニアは「ええと……」とよどんだ。

「ちょっと待ちなさい、おちびさん。騎士団へ行ったのですよね? どうしてそんな発言になるのですか?」

「あ、ヨハン殿のいない心細さを、りょくですが軽減できればと思いまして……!」

「だから、私のことを心配している場合ではないでしょう。騎士団に帰る機会を与えたのですよ? それなのに、まだ私のそばにいようとするなんて……」

「ええと、せめて半月の期限が終わるまでは、このお屋敷に置いていただければ……!」

 うろたえつつも、ここに残りたいとうったえるマローネに、サフィニアは顔をくもらせた。

「――お願いだから、さっさと逃げ出して下さい」

 どこか苦しそうな一言に、マローネは思わず主の顔をぎょうする。

 サフィニアの辛そうな顔に、昔の自分が重なった。

 いじめられて、泣くだけだった過去のマローネは、なにを言われても言い返すことができず、どうせ誰も助けてくれないと自分のからに閉じこもっていたのだ。

 今目の前にいるサフィニアも、どうしてか自身の殻に閉じこもり、そこから出ないようにしているように見える。

 幼いサフィニアは、かつての自分に手をべてくれた。だから、今度は自分の番だと、マローネは口を開いた。

「サフィニア様……わたしは、決して逃げません」

 泣いてもいいから堂々としていろと、かつてサフィニアはマローネに言った。

 その言葉を支えに、マローネはこれまで辛くてくやしくて泣いたとしても、決してくつにならず堂々としてきた。開き直りとされることもあったが、それはそのままマローネにとっての強さとなったのだ。

「あなたが教えてくれたことです、サフィニア様」

 サフィニアは顔をゆがめた。いつもの冷ややかなきょぜつとはちがう、まるでひどく打ちひしがれたかのような表情で、サフィニアはマローネに向かって小さく呟いた。

「……昔のことなど、もう忘れました」

 マローネは、自分が発した言葉が、サフィニアの心を傷つけたのだと気付いた。

 しかし、サフィニアは顔を見られることを嫌がるように、マローネに背を向けてしまう。その背は、もはやどんな言葉も聞きたくないと拒絶を物語っていた。

「……申し訳ありません、サフィニア様、言葉が過ぎたようです。……失礼します」

 返事がないことは予想していたので、マローネは一礼して部屋を後にした。

 扉が閉まる直前――。

「……もう、昔とは違うんです」

 さびしそうな声が聞こえた。サフィニアが自身に言い聞かせるような、小さな声だった。

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