第二章②

「マローネちゃん、待ってたわよぉ〜」

 騎士団の本部に足をれると、独特な口調の重低音に名前を呼ばれた。

「ジェフリー副団長!?」

「お届け物、ご苦労さまぁ〜」

 近づいてくるのは、短くり上げた灰色の髪と切れ長の目をした偉いじょう。口調は間延びした女言葉――見た目と中身がり合わないこの人物こそ、副騎士団長その人だ。

「わざわざ、待っていて下さったのですか?」

「ええ。あなたが来るのを、首をなが〜くして待ってたわぁ」

 副騎士団長自らむかえるなんて、破格のあつかいだ。同時に、不可解でもある。

「わたしは、ヨハン殿のかわりに届け物を持ってきただけなのに……なぜ来ると知っていたのですか」

「あら、こわい顔〜。じゃあ、アタシのしつしつに行きましょうか? 色々、教えてあげるわ。せっかくだから、新米護衛騎士ちゃんの報告も聞きたいし〜」

 ぐいぐい背中を押されて、マローネはジェフリーの執務室に連れて行かれた。

 バタンと扉が閉まると、ジェフリーはこしけ「さてと」と口を開く。

「改めて、マローネちゃんの質問に答えようかしら? どうして、アタシが見計らったかのようにあなたを出迎えたか聞きたいんでしょ?」

「はい、直接お部屋にお届けするつもりだったので。こちら、お預かりしたものです」

 マローネから包みを受け取りながら、ジェフリーはふくみ笑いで答える。

「アタシのお気に入りだからよぉ〜。あ、もうすぐとうちゃくしそうってビビッときたの〜」

 やはり不可解だ。ジェフリー副団長は面倒見がいい。よく差し入れを持って訓練場にげきれいに来てくれたが、それは全員に分 わけへだてなく配られていた。

「ジェフリー副団長は、皆に平等に接してくれる公正な方ではありませんか」

 性別も身分もねんれいも関係なく、騎士学校の訓練生の面倒を見てくれたジェフリーだ。お気に入りだと言われてもピンとこない。逆に不自然だとマローネがかしこまった口調で言うと、ジェフリーは「きゃっ」と乙女おとめのような悲鳴を上げた。

「もうヤだぁ! 真顔でそんなにめないでよぉ〜! ちょっとした冗談だったのにぃ」

「なんと……!? しつけな物言い、申し訳ありませんでした!」

「真顔で謝るのも、や・め・て! マローネちゃんは、ちょーっと天然さんよねぇ。向こうで、うまくやれてるの?」

 軽口の中にさぐるような意図を感じ、マローネは閉口してしまう。

 ジェフリーはその間にも包みをかいふうする。中身は一冊の本、そして、手紙だ。ジェフリーは迷わず手紙の方を手に取り、ばやく視線を落とす。

 そして、閉口したままのマローネに向かって、「やっぱりね」とため息をついた。

「アタシがあなたを出迎えて、わざわざ部屋に引っ張ってきたのはね、あなたをどうにかしてしいって相談を受けていたからよ」

「相談、ですか?」

「ヨハンくんからね。今日の手紙には、もっと直接的に書いてあるわよ。めいわくだから早く引き取ってくれって。マローネちゃんも、誰の意思でヨハンくんが動いていたか、この手紙で分かるわよね?」

 サフィニアの意図をみヨハンが動いていたのだ。ジェフリーの様子では、話はすでに内々でまとまっていたのだろう。自分がここに来たのは、予想外の出来事ではなく、そうなるように仕向けられた結果だったのだと、さすがのマローネにも分かった。だが……。

「――わたしは、ヨハン殿から預かった荷物をお届けに来ただけです。さっきゅうにサフィニ ア様の下へ戻るつもりですので」

 マローネが断言すると、ジェフリーは苦笑した。

「マローネちゃんはまだ、続ける気なのね?」

 護衛騎士のことだと気付いたマローネは、もちろんだと力強くうなずく。

「だと思った。アタシは、あなたはそんなやわな性格じゃないから、外野がとやかく言っても無駄じゃないかって言ったのよ〜。……これはないしょだけどね、手紙には続きがあるの。 あくまで試用期間で預かっただけだから、王女の護衛を希望した記録は残さずそくじつ騎士団へ戻して欲しい……ですって。追い出そうとしているのに、あなたの今後を心配しているように読めるわよね」

 ジェフリーは茶目っ気たっぷりに笑った。

「心配? サフィニア様が、わたしを……?」

「王女様が騎士の心配なんて、意外かしら? でも、あのお方の立場を考えれば、自分の周りから人を遠ざけるのは、当然じゃな〜い?」

「……それは、その……おう様と折り合いが悪いから、でしょうか?」

「ええ、それもあるわ。けれど一番は、陛下が・・・不要と断じた王女だからよ」

 だから、人は王女をかろんじるのだとジェフリーが改まった表情で言った。

「マローネちゃんだって、うわさで聞いたことくらいあるでしょう」

 ためらいがちに、マローネは頷く。ひどい噂を流す者がいると腹を立てたことがあるが、真に受けてはいなかった。

 あんなに優しくて強かったサーちゃんが不要なはずがない。たちの悪い噂を流され迷惑しているだろうと思っていたが、事実だったら――サフィニアを取り巻くじょうきょうは、マローネが想像していたよりも、ずっと厳しいのではないか?

「マローネちゃん、腕はいいけど思い込んだら突っ走っちゃうところが、玉にきずねぇ」

 マローネの表情のこわばりに気付いたのだろう、ジェフリーがやれやれといった口調で話しかけてくる。

 そういえば、騎士学校時代もエスティに似たようなことを言われたとマローネは思い出す。サフィニアの護衛騎士になるのだと語る自分を馬鹿にしつつも、彼は最後に言っていた。周りを見るくせをつけろと。

 つまり、これは誰の目にも明らかな己の欠点なのだ。

 短所をようやく自覚したマローネの胸に、こうかいと自己けんが一気に広がった。

「……わたしは最悪です。主の心情をないがしろにしておいて気付かないなんて、騎士としてあるまじき失態……!」

 マローネの心情を察したのか、ジェフリーから肩をたたかれた。

「まあ、自覚できただけマシじゃない。まだ期限は残ってるんでしょう?

 サフィニア様 に認めてもらえるように、がんばりなさいマローネちゃん。落ち込んでるようだけど、気にかけてもらえるってことは、少なくともきらわれているわけじゃないんだから」

「……―― !! そ、そうですか!?」

 なぐさめの言葉。だが、そこに希望を見いだしたマローネはパッと顔を上げる。 ジェフリーが、見守るような笑顔を浮かべていた。

「直接お会いしたわけじゃないから、あくまでも想像だけどね。サフィニア様はあなたが嫌いじゃないから、扱いに困っているように思えるわ。少なくとも、アタシには。……さて、マローネちゃんが諦めてないなら、ヨハンくんの追い出し作戦は失敗だけど……どうするの、マローネちゃん?」

「……もちろん、サフィニア様のお屋敷に戻ります、ジェフリー副団長!」

 しっかりと頷くと、ジェフリーも満足そうに頷きを返してくれた。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る