第一章④
*****
ピカピカになった窓を見つめ、マローネは満面の笑みを浮かべる。
(これで完璧! 鏡の代用もできるくらい
騎士学校では剣や乗馬だけでなく、こうした生活術も学ぶ。新人は掃除、洗濯、料理を分担するので、マローネも一通りはこなせるのだ。学校時代の教えに感謝していると、サフィニアが廊下を通りかかった。
「あ、サフィニア様!」
いつもなら、マローネが思わず名前を呼んでも無視して通り過ぎていくサフィニアだが、 今日はなにを思ったか足を止め、
「……伯爵家の令嬢なのに、掃除が上手ですね」
「お
サフィニアは
「……皮肉だったのですが?」
「え!? 失礼いたしました!」
言葉の意図も分からない
「私の顔色をうかがって雑用ばかりの現状を、
マローネは、その質問を
「わたしは、サフィニア様の暮らしに
「……質問を変えます。あなたは
問いただすサフィニアの口調は、怒っているようだった。マローネは慌てて答える。
「その上で、半月の間に認めてもらえるよう、
「無駄な努力ですね。あなたがヨハンより秀でているなんて、ありえませんから」
また、ヨハンだ。屋敷の人々は、サフィニアが
「ま、負けません! 絶対に、ヨハン
だからこそ、引き合いに出されるとムキになってしまう。サフィニアもマローネの対抗心を
「なぜ、そこまで必死なのです。今すぐ出て行ってくれるなら、私から騎士団へ
「……わたしは、サフィニア様以外の主にお仕えするつもりはありません」
マローネはサフィニアの緑の目を見て、はっきりと伝える。自分が剣を捧げる相手は、あなただけなのだと、知って欲しかった。
「……
ほんの少しだけ、サフィニアが表情を変えた。困ったような苦笑いだが、どことなく寂しげな色が混じっているように思えて、マローネは
マローネの視線があまりに
「……ここまで食い下がるなんて……。おちびさんは一体、なにが目的なのですか?」
素っ気ない口調での問いかけに、マローネは今のサフィニアを見て、自分の胸に
「わたしは……あなたの、笑った顔が見たいのです」
予想外の答えだったのか、サフィニアが大きく動揺を見せた。
「なにを、馬鹿なことを……」
「いいえ! わたしには、とても大切なことです!」
「――くだらない」
だが次の
「よく分かりました。あなたには手加減無用ということですね」
「……え?」
マローネは意味が分からなかった。しかし、サフィニアはマローネに背を向け会話を打ち切ると、振り返ることなく遠ざかってしまった。
素っ気ないのはいつものことだが、突然関心が
マローネはサフィニアの後ろ姿を見つめ、両手で顔をぴしゃりと叩いて気合いを入れる。
(わたしは、諦めません! そして、ヨハン殿にも決して負けません!) サフィニアを
そして、サフィニアには冷たい顔ではなく、輝くような笑顔がよく似合う。
(取り戻し、守り抜いてみせます! それが、わたしの望み!)
メラメラと
*****
月も出ていない、真っ暗な夜。
「サフィニア様。紅茶を持ってきました」
「ノックくらいしなさい、ヨハン」
「しましたよ。
小さなテーブルに運んできたティーセットを置き、
「はい、どうぞ。特別
「ありがとうございます」
手を伸ばすと、カップがひょいと持ち上げられる。どういうつもりだとサフィニアがヨハンを
「お茶の前に、質問に答えて下さい。あの騎士とのご関係は? オレに、いつまでも話してくれない理由は?」
ヨハンの質問に、サフィニアは首を横に振る。
「取るに足らない存在だから、あえて説明する必要もないと思っていただけです。ほんの少しの間、友達ごっこをしただけの相手ですから」
「……昔、ずいぶんと気落ちしていた時期がありましたね。もしかして、その時の?」
「さあ? 忘れました」
素っ気ないサフィニアに、ヨハンはカップを手渡しつつ
「でも、あの子……あなたの腕輪をつけてましたよ。取るに足らない相手に贈るような
「だから、昔のことなんて忘れたと言っているでしょう。それより、騎士団に連絡は?」
「え? ああ……
サフィニアは、ヨハンにひとつ
「でしたら、安心して次の手が使えますね」
サフィニアが不敵に笑うと、ヨハンが大げさに怯えた仕草をする。
「笑い方、怖っ! ……別にこのまま放っておいてもよくないですか? どっちみち期限が来ていなくなるでしょう」
「半月も、あのうるさいのに耐えろと?」
「うるさくても、将来有望視されている騎士ですよ? なんなら、うまく利用するのも手だと思いますけど? あなたの身を守る盾には最適だ」
そう言ったヨハンを、サフィニアの目が
「ダメです」
「それだけは、絶対にダメです」
予想外に強く
「仰せのままに、サフィニア様。
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