第一章③

『というわけで、一時サフィニア様預かりになった、マローネちゃんだ。メアリばーちゃんは知ってるよね? となりにいるのが、ジョンじーちゃんと、料理人のセイルさん。マローネちゃんは、しばらくこの屋敷でまりするから。ばーちゃん、あとたのむね』

 一時預かりという立場になったマローネは、その日のうちに屋敷の使用人と顔合わせを果たした。だが、なんとしょうかいしてくれたヨハンをふくめ、たった四人しかいなかったのだ。

 ヨハンの祖母であるメアリ、祖父のジョン。そして料理人のセイル。彼らはみな、サフィニアの母の代から仕えている古株で、現在も四人だけで屋敷を回しているのだという。

 紹介を受けた三人は、表立ってマローネを拒絶したりはしなかったが、誰もがみょうな表情を浮かべていた。サフィニアが騎士を必要としていないことを、みんな知っているのだろう。ヨハンに向けられる、物言いたげな視線が証明だ。

 しかし、マローネにくじけている時間はなかった。

『それじゃあマローネちゃん、さっそく屋敷のまどそうからお願いしましょうか』

 を言わさぬ勢いでメアリが差し出したのは、ぞうきんの入ったおけ。井戸で水をくんできて屋敷全ての窓をくことが、マローネにあたえられた最初の仕事だった。  

 その後も、与えられる仕事は延々雑用ばかり。部屋はメアリと同室だが、ヨハンたち男手がきゅうきょ物置から運んできた木の長椅子がマローネのしんだいだった。

 そのまま寝るには体が痛いからと、メアリがクッションを用意してくれたが、ごこの悪さはいかんともしがたい。

 当然、目覚めは最悪――かと思いきや、マローネ自身はサフィニアのそばにいられる嬉しさから、毎日とても元気だった。メアリより早く起きては庭でりをし、その後は掃除、せんたく、野菜の皮むき等々、そっせんして仕事をこなしていく。

 そして四日も過ぎれば、マローネもだいたい察するようになっていた。

 この屋敷は、あっとうてきに人手が足りない。そもそもサフィニアは王女であるのに、自分でたく調ととのえている。ならば自分が働いて、少しでもこの屋敷の役に立とう!

 そう心に決め、早朝から水くみ作業をしていたマローネに、メアリが声をかけてきた。

「ねえ、マローネちゃん。こんな仕事ばかりで、嫌にならないかい?」

「え?」

「本当は騎士様のすることではないだろう?」

「でも、やらねば困る仕事でしょう?」

「それは、そうだけどねぇ」

「わたしの仕事が、サフィニア様の快適な生活につながるのなら、どんなことでも嬉しいです!」

 こうして目の前の仕事に向き合い、役に立つことを示せばきっと認めてもらえるはずと伝えれば、メアリは困った顔をする。

「出て行こうとは思わないのかい?」

 老婆のそっちょくな問いに、マローネは条件反射で叫んだ。

「そんな、もったいない! せっかくサフィニア様の下に留まることが許されたのです! おづかいは嬉しいのですが、わたしの望みはサフィニア様の騎士になることなので、主から与えられた試練には全力でのぞみ、必ず乗り越えてみせます! では、まだ窓拭きが残っておりますので、失礼します!」

 メアリに一礼すると、マローネは走り出した。

 その後ろ姿を見送ったメアリは、そっとため息をつく。

「だ、そうでございます、サフィニア様」

 振り返り呼びかけると、壁のかげからサフィニアがしかめつらをのぞかせた。

「あなた様のお役に立てることが嬉しいだなんて、いい子でございますね」

「……――知っています」

「でしたら、なぜこのような意地の悪いを?」

「私の目の前から、いなくなってしいからです」

 地面に視線を落とし、サフィニアが呟くとメアリは眉を下げた。

「一度、向き合ってみてはいかがでしょうか? 年寄りの目から見ると、あの騎士は本当にあなた様を思っている、なおな心根の方ですよ」

 さとすような言葉に、サフィニアはどこか寂しそうに呟いた。 「……それも、よく知っていることです」

 


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