第一章①

 今日は十五年の人生で、ひときわ大切な日だ――マローネは、たちのしょの一階ろうにて、先ほどわたされた書簡を手に喜びをみしめていた。

「ついにやりました!」

「馬鹿マロ。廊下で大きな声を出すな、やかましいぞ」

 ひとりかれるマローネに、水を差すようなみが入る。かえれば、つり目の少年がうでを組み立っていた。 「あれ、エスティ?」

 同期の存在に気付いたマローネに、エスティはあきれた表情を浮かべ鼻を鳴らした。

「お前、なにをひとりでさわいでいる」

「聞いてくれますか !? 」

 思わずマローネが身を乗り出すと、エスティはギョッとしたように半歩後ろに下がった。それから、おこったのか顔を赤くしてる。

「おい、近い! はなれろ!」

「これは失礼、ついうれしくて! 実は昨日、護衛騎士になるべくしんせい手続きをしたのですが、先ほど無事許可が下りたのです!」

「は? 待て、正式な騎士になったばかりで、護衛騎士だと? そんなこと、認められるはず……」

 ストリア王国の正式な騎士となった者は、高貴な方――王族の護衛に立候補する資格を手に入れられるが、立候補するだけでもいくしんを経ないとならないのだ。

 厳正な審査だけに時間がかかるのが常。新米騎士の申請が、一日で通るはずがない。

 だが、マローネはじょうげんで書簡を見せる。

「はい! この通り!」

じょうだんだろう?」

「きっと、わたしのサフィニア様に対する敬愛の念が、伝わった結果でしょう!」

「……なんだ。新米の申請がよく通ったなと思えば、相手は《かくひめ》か。本気なのか? お前だって、あの方がどういう立場か分かっているだろう?」

「その呼び方はやめて下さい、エスティ。不敬です」

 敬愛する姫をあざけるような呼び方に不快感を示すマローネだったが、エスティは「本当のことだろう」と言ってのける。だが、後半はさすがに周りを気にして、声をひそめた。

「不幸な事故は気の毒だったが、それで王族が引きこもりになるなんて、ご自分の立場を分かっていない。――それに、あの方はへいおう様にうとまれている。護衛騎士になったところで利益はない」

 マローネは、自分の持つ書簡に視線を落とす。これは、再会のための必要なかぎだ。

「エスティ、あなたは時々不思議なことを言いますね。騎士のけんは心であり命、あふれんばかりの忠誠心と敬愛を示すためにささげるものでしょう。利益など、じゃどうです」

「今時、そんな古くさい精神論を持ち出すな、馬鹿マロ」

 返答が気に食わなかったのか、エスティは顔をしかめると大げさにかたをすくめた。

「《隠れ姫》信者には、言ってもだということを失念していた僕が馬鹿だった」

「自分から声をかけてきたくせに」

「なっ!? お前のニヤけづらが見るにえなかっただけだ!」

「? はあ、そうですか」

「このっ……ああ、もういい! 分からず屋の馬鹿マロは、さっさと《隠れ姫》のところに行け! 主君の許可が出て初めて正式な護衛騎士になれるんだぞ」

「あなたに言われずとも、今行くところです! 待っていて下さいね、サフィニア様、あなたの騎士が参ります!」

 浮き立つマローネは、見送る同期の呆れた視線に気付かなかった。

「あの様子だと、知らないんだろうな。たまに騎士道精神をかかげる物好きが《隠れ姫》の護衛を申し出て、そくはらわれていることを。……どこかけているからな、アイツ」

 知っていれば、どういうことかさいを聞き、対策を立てたにちがいない。なにせ、この日はマローネにとって、絶対に失敗できない日だったのだから。だが、同期はわざわざ追いかけて教えてやるほど、親切な性格ではなかった。

 

 ストリア王国の第一王女サフィニアのしきは、広大なしきほこる城のかたすみにある。

 高いへいで囲まれた小さな屋敷は、隠れるようにひっそりとしており、一歩敷地内へ足をみ入れたマローネは、ひとのなさにまゆを寄せた。

(門番がいない……? 庭は最低限の手入れをしてありますが、さびしいものですね)

 屋敷には、見苦しくない程度に手入れされた草木しか見当たらない。

(サーちゃんは、花が好きでしたね。小さな花の根っこが薬になることや、びんに生けるならしきさいはこの組み合わせがいいとか。会うたびに色んなことを教えてくれました)

 学者のような着眼点を持っていながら、どうやってかざればより部屋がえるか気を配る、おしゃな女の子としての一面も見せた。きっと、花が大好きだったのだろうサフィニアは、 マローネにしみなく花についての知識をろうしてくれた。好きなものを語る時の彼女は、いつもキラキラとかがやいていた。

 

 だから、このかんさんとした庭が、ひどく寂しい。大好きなものをでるゆうもないほど、心に大きな傷を負ったということなのだろう。

 

――今から五年前、サフィニアは母ソニアとふたの弟サイネリアと共に、行楽に向かった帰り道、大きな事故にってしまったのだ。サフィニアは一命を取り留めたものの、をしたことはもちろん、母と弟を同時にくしたしょうげきが大きく、しばらくせっていたという。

 

 以来二度とおおやけの場に姿を現すこともなく、母や弟と暮らしていた奥の屋敷に引きこもるようになり、ただ時間だけが過ぎ……だいに人はサフィニアを《隠れ姫》と呼び、ちょうしょうするようになった。王女とはいえ、まだされるべき少女だったのに、彼女を守る 大人は存在しなかったのだ。サフィニアの母が、側室だったばかりに。

(現王妃様は、この国の混乱をおさえるため陛下にちからえして下さった大国の姫。片やサフィニア様のお母様は地方貴族のごれいじょうちできる立場ではないからと人は言い ますが、だからってここまで放っておくなんて……!)

 

 サフィニアがれいぐうされるのは、王妃と折り合いが悪いだけでなく、国王が、一生残る傷を作ってしまったむすめを不要あつかいしたからだといううわさもある。味方もおらず、どくな日々を過ごしていただろう恩人の姿を想像し、マローネはいつも心を痛めていた。

(でも、そんな日々は終わりです! サフィニア様、マローネがおそばに参ります!)

 これから先はずっと、自分が彼女を守る。

 騎士になると決めてから、何百回とり返してきたおのれちかいを胸に、マローネはずんずんと前進し、屋敷のとびらの前に立つとノッカーに手をばす。大きく深呼吸した後、それを鳴らした。

 少しの間の後、人の足音が近づいてきて、ゆっくりと扉が開かれる。

「どちらさまでございますか?」

 半開きの扉から顔を出したのは、不安そうな表情のろうだった。

とつぜんの訪問、失礼いたします。わたしは、マローネ・ツェンラッドと申す騎士であります! サフィニア様の護衛騎士に志願したく、ただいまさんじました!」

「お帰り下さい」

 あいさつもそこそこに、扉は閉じられた。

 マローネは、自分が手に持ったままの書簡と扉を見比べて、首をかしげる。

「これは……? 門前払い、というやつでしょうか !? 」

 こめかみをあせが伝う。

(失敗です! 大切な日なのに、初手で大失敗してしまいました!)

 あの老婆の、問答無用の態度。きっと、しんしゃと思われたに違いない。

(サフィニア様は身辺をけいかいせねばならぬようなお立場に置かれている !? )

 捨て置かれた姫と目されているが、王妃との折り合いの悪さは人の噂に上るほどだ。それが、警戒の要因かもしれない。

(王妃様の周りには大勢人が集まると聞きます。その中に、よからぬことを考えるやからがいないとも――)

 

 五年前の事件の後、不幸にも事故で命を落としたサイネリア王子にかわり、あとぎとなる王子を産んだ王妃の力は、もはや大国出身といううしだてがなくとも強く、多数の取り巻 きがはべっている。

(お守りしなければ! だいじょう、この書簡を渡せば誤解は解けます!)

 きっと老婆はサフィニアを思うあまり、早とちりしただけ。話せば分かってくれる。

(わたしの熱意は伝わるはず!)

 マローネは、鼻息もあらくノッカーをつかむと、今度は強めにたたいた。

 先ほどよりおくれたものの、再び扉が開いて老婆が半分だけ顔を見せる。完全に不審者扱いされているが、マローネはがおで書簡を差し出した。

「こちら、わたしの身分と目的を」

 バタン。

「ぐぬぬっ」

 話半分で閉ざされた扉を見つめ、マローネはうなった。話を通すのに、これほど難航するとは思わなかったのだ。

(サフィニア様の心の傷は、それほどまでに!)

 主(予定)の心情を思うと、マローネはいても立ってもいられない。りずにノッカーに手を伸ばすが、今度はもう人が近づいてくる気配がない。

 仕方ないと、マローネは大きく息を吸うと――。

「たのもーうっ !! 」

 腹から声を出した。おどろいたのか近くにいた小鳥たちがバタバタと飛んでいく。

「どなたかお取り次ぎ願えませんか〜! もしも〜し!!」

「声がデカイよ! うるさいな!」  

 バンと大きな音を立てて、ようやく扉が開かれた。

「ばーちゃんは結構な年なんだから、何度も呼びつけて困らせるの、やめてくれない?」

 現れたのは、茶色いかみと目をした背の高い若者だった。自分より少し上で、くらいだろうかと、マローネは当たりをつける。

「それは大変申し訳ないことを! ですが、わたしは、この書簡をお受け取りいただきたいだけなのです! サフィニア様の騎士になるため、ぜひお取り次ぎをお願いしたく!」

 青年はマローネを見下ろすと、困ったように後ろ頭をかいた。

「無理だね。きつく言われてるんだ、だれも通すなって」

「え?」

「もうひとつ、おまけに教えてあげよう。サフィニア様は、うるさいのがだいきらいなんだ」

 青年は愛想あいそのいい笑顔を浮かべ、マローネにくぎしてきた。

「それじゃあ」

「ま、待って下さい! せめて、この書簡を!」

 扉を閉められそうになったマローネは、書簡を青年に押しつけようとしたが、身をかわされる。勢い余って前のめりになったところで足を引っかけられ、あわてて体勢を整えた。

「へぇ。中々の身のこなしだ。騎士って言葉は、うそじゃなさそうだ」

「無論、噓などつきません! わたしはサフィニア様にお仕えしたいだけなのです!」

「誰も通すな、取り次ぐなって言いつけを破ったら、オレが怒られる。怒るとこわいんだよ、 あの人」

 親しみのこもった口調だったため、マローネの反応がいっしゅん遅れた。

「だから、騎士団に帰って『ダメでした』って言うといい。はい、回れ右して歩こうか」

 くるりと体を反転させられたマローネは、ぐいぐいとごういんに背中を押され門の外へと追い出される。

「門前払いを食らったのは、君以外にもいるから全然気にしなくて大丈夫。これからも騎士道にまいしんしな。それじゃあ」

 軽口と共に、青年は開いていたこうの門をしっかりと閉じて、内側から手を振った。ハッと我に返ったマローネは、慌てて格子にすがりつく。

「書簡だけでも、サフィニア様に!」

「――必要ないよ」

 背を向けて屋敷にもどろうとしていた青年は、かたしに振り返るとマローネの言葉をさえぎり、勝ち誇ったようなみを浮かべた。

「じゃあ、サフィニア様を待たせてるんで、オレは失礼するよ」

 ここでサフィニアの名前を出すなんて性格が悪い。得意げな様子も腹が立つ。鉄製の格子にしがみついたまま、マローネはギリギリと歯噛みした。

「おのれぇ〜っ! その顔、覚えましたからね!」

 物語の悪役のような台詞ぜりふしかけない自分が情けない。しかし、敷地内へ続く道は 鉄製の格子門で閉ざされてしまった。マローネは屋敷の中へ消えていく青年の後ろ姿を、うらめしげに見ていることしかできない。

くやしい! ……でも、少し安心しました)

 サフィニアのことを大切に思う人が、彼女のそばにいたという事実が。  別れた友人は、ずっとひとりで苦しんでいるのではないかと思っていたけれど、少なくとも先ほどの老婆や青年がそばにいたのだ。きっと、サフィニアからしんらいされている者たちなのだろう。

(いいなぁ……)

 けれど、ただうらやむだけでは前に進まない。自分はまだ、再会すら果たしてないのだ。

「わたしはあきらめません! かべが高いのならば、えるまでです!」  

 こぶしにぎったマローネは、ひとまず屋敷の前から立ち去った。

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