第一章①
今日は十五年の人生で、ひときわ大切な日だ――マローネは、
「ついにやりました!」
「馬鹿マロ。廊下で大きな声を出すな、やかましいぞ」
ひとり
同期の存在に気付いたマローネに、エスティは
「お前、なにをひとりで
「聞いてくれますか !? 」
思わずマローネが身を乗り出すと、エスティはギョッとしたように半歩後ろに下がった。それから、
「おい、近い!
「これは失礼、つい
「は? 待て、正式な騎士になったばかりで、護衛騎士だと? そんなこと、認められるはず……」
ストリア王国の正式な騎士となった者は、高貴な方――王族の護衛に立候補する資格を手に入れられるが、立候補するだけでも
厳正な審査だけに時間がかかるのが常。新米騎士の申請が、一日で通るはずがない。
だが、マローネは
「はい! この通り!」
「
「きっと、わたしのサフィニア様に対する敬愛の念が、伝わった結果でしょう!」
「……なんだ。新米の申請がよく通ったなと思えば、相手は《
「その呼び方はやめて下さい、エスティ。不敬です」
敬愛する姫を
「不幸な事故は気の毒だったが、それで王族が引きこもりになるなんて、ご自分の立場を分かっていない。――それに、あの方は
マローネは、自分の持つ書簡に視線を落とす。これは、再会のための必要な
「エスティ、あなたは時々不思議なことを言いますね。騎士の
「今時、そんな古くさい精神論を持ち出すな、馬鹿マロ」
返答が気に食わなかったのか、エスティは顔をしかめると大げさに
「《隠れ姫》信者には、言っても
「自分から声をかけてきたくせに」
「なっ!? お前のニヤけ
「? はあ、そうですか」
「このっ……ああ、もういい! 分からず屋の馬鹿マロは、さっさと《隠れ姫》のところに行け! 主君の許可が出て初めて正式な護衛騎士になれるんだぞ」
「あなたに言われずとも、今行くところです! 待っていて下さいね、サフィニア様、あなたの騎士が参ります!」
浮き立つマローネは、見送る同期の呆れた視線に気付かなかった。
「あの様子だと、知らないんだろうな。たまに騎士道精神を
知っていれば、どういうことか
ストリア王国の第一王女サフィニアの
高い
(門番がいない……? 庭は最低限の手入れをしてありますが、
屋敷には、見苦しくない程度に手入れされた草木しか見当たらない。
(サーちゃんは、花が好きでしたね。小さな花の根っこが薬になることや、
学者のような着眼点を持っていながら、どうやって
だから、この
――今から五年前、サフィニアは母ソニアと
以来二度と
(現王妃様は、この国の混乱を
サフィニアが
(でも、そんな日々は終わりです! サフィニア様、マローネがおそばに参ります!)
これから先はずっと、自分が彼女を守る。
騎士になると決めてから、何百回と
少しの間の後、人の足音が近づいてきて、ゆっくりと扉が開かれる。
「どちらさまでございますか?」
半開きの扉から顔を出したのは、不安そうな表情の
「
「お帰り下さい」
マローネは、自分が手に持ったままの書簡と扉を見比べて、首を
「これは……? 門前払い、というやつでしょうか !? 」
こめかみを
(失敗です! 大切な日なのに、初手で大失敗してしまいました!)
あの老婆の、問答無用の態度。きっと、
(サフィニア様は身辺を
捨て置かれた姫と目されているが、王妃との折り合いの悪さは人の噂に上るほどだ。それが、警戒の要因かもしれない。
(王妃様の周りには大勢人が集まると聞きます。その中に、よからぬことを考える
五年前の事件の後、不幸にも事故で命を落としたサイネリア王子にかわり、
(お守りしなければ!
きっと老婆はサフィニアを思うあまり、早とちりしただけ。話せば分かってくれる。
(わたしの熱意は伝わるはず!)
マローネは、鼻息も
先ほどより
「こちら、わたしの身分と目的を」
バタン。
「ぐぬぬっ」
話半分で閉ざされた扉を見つめ、マローネは
(サフィニア様の心の傷は、それほどまでに!)
主(予定)の心情を思うと、マローネはいても立ってもいられない。
仕方ないと、マローネは大きく息を吸うと――。
「たのもーうっ !! 」
腹から声を出した。
「どなたかお取り次ぎ願えませんか〜! もしも〜し!!」
「声がデカイよ! うるさいな!」
バンと大きな音を立てて、ようやく扉が開かれた。
「ばーちゃんは結構な年なんだから、何度も呼びつけて困らせるの、やめてくれない?」
現れたのは、茶色い
「それは大変申し訳ないことを! ですが、わたしは、この書簡をお受け取りいただきたいだけなのです! サフィニア様の騎士になるため、ぜひお取り次ぎをお願いしたく!」
青年はマローネを見下ろすと、困ったように後ろ頭をかいた。
「無理だね。きつく言われてるんだ、
「え?」
「もうひとつ、おまけに教えてあげよう。サフィニア様は、うるさいのが
青年は
「それじゃあ」
「ま、待って下さい! せめて、この書簡を!」
扉を閉められそうになったマローネは、書簡を青年に押しつけようとしたが、身をかわされる。勢い余って前のめりになったところで足を引っかけられ、
「へぇ。中々の身のこなしだ。騎士って言葉は、
「無論、噓などつきません! わたしはサフィニア様にお仕えしたいだけなのです!」
「誰も通すな、取り次ぐなって言いつけを破ったら、オレが怒られる。怒ると
親しみのこもった口調だったため、マローネの反応が
「だから、騎士団に帰って『ダメでした』って言うといい。はい、回れ右して歩こうか」
くるりと体を反転させられたマローネは、ぐいぐいと
「門前払いを食らったのは、君以外にもいるから全然気にしなくて大丈夫。これからも騎士道に
軽口と共に、青年は開いていた
「書簡だけでも、サフィニア様に!」
「――必要ないよ」
背を向けて屋敷に
「じゃあ、サフィニア様を待たせてるんで、オレは失礼するよ」
ここでサフィニアの名前を出すなんて性格が悪い。得意げな様子も腹が立つ。鉄製の格子にしがみついたまま、マローネはギリギリと歯噛みした。
「おのれぇ〜っ! その顔、覚えましたからね!」
物語の悪役のような
(
サフィニアのことを大切に思う人が、彼女のそばにいたという事実が。 別れた友人は、ずっとひとりで苦しんでいるのではないかと思っていたけれど、少なくとも先ほどの老婆や青年がそばにいたのだ。きっと、サフィニアから
(いいなぁ……)
けれど、ただ
「わたしは
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