偽り姫の仮護衛!? ワンコ系少女騎士はワケあり主に(密かに)溺愛されています

真山 空/ビーズログ文庫

序章

「女の子が泣く姿の、どこがおもしろいの? 品性を疑うわ」

 いかりのこもった声が耳に飛び込んでくる。同時に、自分を取り囲んでいた三人の少年たちがいっしゅんでびしょれになる様を、七歳のマローネはおどろいて見上げた。

 悲鳴を上げた彼らは「だれだ!」と、水をかけた犯人をかえる。

「品性れつな人たちに名乗る名前は、持ち合わせていないわ。――女の子を寄ってたかって泣かせるなんて、男として最低だと思わないの」 

 立っていたのは、マローネよりも少しだけ年上に見える、きんぱつの女の子だった。

 幼いマローネでさえ、ハッとするほどれいな顔をしている。

「あなたたち、この王宮庭園がなんのために開放されているのか分かってる?」

 水が入っていただろうおけいしだたみの上に置き、少女は少年たちの顔を順々にわたした。

 そして、細いまゆをつり上げる。

「王宮庭園に貴族の子どもたちが連れてこられる理由は?」

「そ、それは、将来を考えて、社交の練習を」

 少年たちのもごもごとした答えに、少女はこくりとうなずいた。

「そうね。それなのに、あなたたちはなにをしているの?」

「え?」

「貴族のそくが寄ってたかって、か弱いれいじょうをいじめるなんて……とんだ社交術ね?」

 明らかに馬鹿にした口調になった少女に、少年たちがしきばむ。

「こいつは、じゅんすいな貴族じゃないんだ!」

 ここ、王宮庭園は、貴族の子どもたちが集まる小さな社交場だ。マローネも、はくしゃくである父に連れられて何度もおとずれているが、いつまでってもめない。

 それどころか、母が旅のおどだったという理由で、そのむすめであるマローネは純粋な貴族ではないといじめられていた。

 マローネがこれまで社交場で見てきた反応は二通り。この、とりわけ意地の悪い三人組に同調するか、見て見ぬふりを決め込むかだ。

 しかし、少女の反応は、そのどちらでもなかった。

「自分たちの顔を、一度鏡で見てみるといいわ。品性の欠片かけらも感じられないひどい顔。笑い声もみみざわり。せっかく綺麗な花を観賞していたのに、台無しだわ」

「お前、こいつをかばうのか? 踊り子の血を引いているんだぞ? 母上だって、本当に伯爵の子どもか分からないって――」

だまりなさい」

 冷たい声だった。その表情も、声も、全てがさるように冷たい。

「今すぐここから立ち去りなさい。かいだわ」

 

 とても強く堂々とした態度に、少年たちはあっとうされたように黙り込む。そして、少女が一歩み出したたんはじかれたようにげ出した。後に残ったのは、マローネだけ。

「もうだいじょう

 打って変わったやさしいこわと共に、マローネの目の前に手が差し出された。

 

おそる恐る顔を上げると、少女がほほえ笑んでいる。

「さあ、立って?」

 ようやく、マローネは気がついた。彼女は自分を助けてくれたのだと。

「あの子たちがもどってきたらいやだから、向こうに行きましょう。ね?」

 おずおずと手を重ねると、彼女はマローネを立たせてくれる。そして「行こう」とそのまま手を引かれた。

「あまり知られていないのだけど、この庭園、奥にも小さなだんがあるの。昨日新種の花がいたばかりだから、いっしょに見に行きましょう。ええと……?」

「……マローネ、です」

「マローネ! うん、かわいい名前ね。あなたに似合っているわ」

 花が咲いたようなみだ。元々綺麗なだけに、笑うといっそうはなやいだふんになる。

「……さっきは、あの……ありがとうございます」

「当然のことをしただけよ。女の子を泣かせて楽しむなんて、最低だもの」

「……仕方ない、です。聞いたでしょう?   わたしのこと……」  

母が芸人一座の踊り子。それは貴族の中では馬鹿にしてもかまわないことがらに分類されているのだと、マローネはこの小さな社交場で嫌というほど思い知っていた。

 初日にあの三人に目をつけられ、以降見つかるたびに散々言われてきたのだから。

 だが、少女は眉をひそめた。

「よその家のことをじょくするなんて……最低!」

 まるで自分が悪く言われたかのように怒りをあらわにした少女は、続ける。 「あなたも、仕方ないで終わらせるのはいけないわ。黙っていたら、ダメ」

「でも、わたしは泣き虫だから、なにを言っても馬鹿にされるし……」

「嫌なことを言われたら、悲しくて泣くのは当たり前。たとえ親が偉くても、仮に悪人であったとしても子どもには関係ない。だから言い返すのも当然。堂々としていていいの」

 一度は止まっていたなみだが、マローネの目からあふれてきた。驚いた少女が、オロオロとした表情をかべる。

「ごめんなさい、こわがらせた?」

ちがうの、わたし、うれしくて。そんな風に、言われたことないから、ありがとう……!」

「お礼なんて……」

 少女は照れたように、はにかんだ。それから周囲を見回し、えんりょがちに口を開く。

「マローネ、私……サフィっていうの。――お友達になれないかしら?」

 強くて綺麗で優しい彼女に、マローネはあっという間にかれた。

 サフィとの待ち合わせは、決まって庭園の奥にある秘密の場所。ガゼボと小さな花壇があるだけの静かな場所で、マローネはいつの間にか彼女を「サーちゃん」と呼ぶほど親しくなっていた。けれど、会うのはいつもふたりきり。マローネはそれが少しだけ不思議だった。サフィほどてきな女の子なら、きっと友達も大勢いるだろうと思っていたのだ。

 一度だけマローネから「他の子と話さなくてもいいの?」とたずねたことがあるが、大勢で過ごすのは苦手なのだと困った顔で言われてからは、大好きな友達を独 ひとりめできることが嬉しくて、以来話題にしなくなったのだが――彼女が人目をけるように、ふたりきりでしか会いたがらなかった本当の理由は、ある日サフィの正体と共に明かされた。

 

 それは、いつも通り、ふたりだけで遊んでいた時だ。

 

 ガゼボの中で、サフィはうすべにの石をつなげていた。自らを気まぐれと語る彼女は、今日はうでを作るのだと張り切っていたが、どこをどうすればこんな風になるのかと首をひねるほどの不器用さだ。大きい石を選びすぎたせいか、糸が千切れそうになっている。

「……これじゃあ、ダメね」

 失敗だと気付いたサフィも、しぶい顔になって手を止めてしまった。マローネは、あわてて 彼女をはげます。

「でも、選んだ石の色はとってもかわいいよ。サーちゃんに似合う!」

「……ううん、これは自分用ではなくて、人におくりたいの。腕輪だったら、いつも身につけてもらえるでしょう?」

「ふーん……サーちゃん、その人のことが好きなんだね」

 少しだけさびしい気持ちもあって、マローネがすねた口調になったことに気付くりもなく、サフィはパッとかがやくような笑みを浮かべて頷いた。

「ええ、そうなの! いつか彼にあなたのことをしょうかいしたいわ。私の一番のお友達なのよって!」

 サフィの口から初めて聞く、自分以外の親しい存在にたいこうしんいたマローネだが、「一番の友達」という言葉で、すぐに気持ちが明るくなる。そして、一緒に腕輪作りをしようとさそってきたサフィに、がおで頷いた。

「完成したら、マローネも大切な人に贈るといいわ!」

 しかし、そんなサフィの言葉が実現することはなかった。ふたりだけの小さな庭に、大勢の足音が踏み入ってきたことで、台無しになったのだ。

「こちらにいらっしゃったのですか、サフィニア様」

 くっきょうを先頭に、かっちゅう姿の大人たちがやってきた。

 その途端、サフィの表情がこわばる。どうしたのかとマローネがうろたえていると、甲冑の集団をかき分けるようにして、父が姿を現した。

「マローネ! こちらへ来なさい!」  

 𠮟しっせきするような強い口調で呼ばれ、マローネはまどったように視線を父とサフィの間でさまよわせる。

「でも、サーちゃんと……」

「なんて口を! どうか、娘の非礼をお許し下さい!」  

 友達の名前を口にしただけなのに、父に常にないごういんさで引っ張られ、サフィからはなされてしまう。子どものたけでは、大人たちがかべとなり、その向こう側にいるサフィの姿がいっさい見えなくなってしまった。

「あのお方は、サフィニア様。このストリア王国の王女様だ。お前ごときが口をける方ではない。わきまえなさい」

 父の顔色は悪く、表情にはあせりがにじんでいた。そして、これ以上なにも言うなというように、口をふさがれる。

「黙っていてごめんなさい、マローネ」

 人壁にはばまれ、マローネからはもうサフィの姿が見えない。とても悲しそうな声だけが耳に届くも、父に口を塞がれているマローネは返事ができない。そして、サフィを囲んだ甲冑姿の大人たちが動き出し――マローネは、サフィの顔を見ることも言葉をわすこともできずに別れ……、父から一ヶ月の外出禁止を言い渡された間、ずっと考えていた。

(サーちゃんが王女様でも、わたしたちは友達だよね? 親が偉くても関係ないって、サ ーちゃんが教えてくれたんだから……!)

 ようやく許しが出て、王宮庭園へ向かった時にはもう、サフィの姿はなかった。

 けれど、いつかまた必ずここで会えるはず……そう信じて、何日も待ち続けていたある日、マローネはついに花壇で待ち人を見つける。

「サーちゃん!」

 喜び勇んでると、サフィはとても暗い顔をして立っていた。 「会えてよかった、マローネ。……今日は、さようならを言いに来たの。私、もうここには来られない」

「そ、それなら、違う場所で会おうよ! わたし、サーちゃんに会えるなら、どこにだって行くから!」

 必死の提案も、首を横に振られる。その一方的なきょぜつが悲しくて、マローネの目の奥が熱くなった。

 初めてできた友達と、もう会えないなんて考えたくもない。だから、マローネはどうにか引き留めたくて、必死に言葉を探した。しかし……。

「さようなら、マローネ。あなたとお友達になれて、とても楽しかったわ」

 決定的な別れのあいさつに、サフィの気持ちは変えられないと知り、マローネの目からはボロボロと涙が溢れてくる。

 不意に、サフィがマローネの手をつかんできた。てのひらに置かれたものは、腕輪だ。

 こんなことになる前、サフィがあくせんとうして作っていた腕輪を思い出すが、石の色が違う。あの時は薄紅色で、今マローネの手元にあるのは形の良い緑色の石が連なった腕輪。

「サーちゃん、これ……どうしたの?」

 不器用なサフィが作ったとは思えないえにマローネが驚いていると、サフィは静かな声で言った。

「……あげる。……私のこと、時々でいいから思い出してくれるように」

 そして、マローネが口を開くより先に、走り出してしまう。

 今の声は、一ヶ月前にとつぜん別れた時の再現のように、悲しそうだった。

 このままでは、二度と会えなくなってしまう。そんな予感にさいなまれ、マローネは弾かれたようにさけんだ。

「会いに行くから!」

 サフィがどんなに高貴な身分でも、どこにいたとしても、あきらめない。こんな悲しい気持ちのまま終わりだなんて、絶対に嫌だ。

 その場にひとり取り残されたマローネは、決意を込めてつぶやいた。

「サーちゃんみたいに強くなって、会いに行くから。待っててね」


 この別れから三年後、王女サフィニアは行楽に向かった先で事故にい、母とふたの弟を失ってしまう。――サフィニア自身も心身共に大きな傷を負い、体に傷のあるひめではとつぎ先が限られると考えた王は、サフィニアを不要とした。父王に見限られ、なにもかもをなくしたサフィニアは、王宮の外れにあるしきに引きこもってしまう。

 マローネはひとづてにその話を聞き、決めたのだ。彼女を守れる、騎士になると。

 

 そして、さらに五年の月日が流れた――。

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