第一章 私をお食べください④
(それにしても、お美しいかた)
ルーは、目の前にいる青年をとっくりと眺める。
(当たり前だけれど、竜神さまにお目にかかるのははじめて……どうしましょう、今さら
正職も見習いも関係なく、すべての聖女たちにとって竜神とは、遠くに
先ほどまでは助け起こしてもらったままの格好だったが、さすがに高貴な竜神さまに、いつまでも非礼を働くわけにはいかない。
今のルーは、彼から少しばかり距離を取ってから、きれいに膝を
さて。
正面から向き合うと――竜神を名乗る青年は、見れば見るほどに美しかった。
うんと日に焼けた漁師のごとき褐色の
大ぶりな
(ということは……さっき、湖に飛び込んだ時に少しだけお見かけできた竜神さまが、このかた?)
とりあえず、彼が竜神なら話が早い。
私が生贄です、どうぞ遠慮なく食べてください、さあどうぞ今どうぞ、と喰い気味にお願いすると、なぜか、当の竜神さまにはギョッとされたのち「結構だ」と断られた。
(え、なんで)
自分で生贄を望んだはずなのに。
不可解に思い、首をぐーっと傾げたルーは、不意に「ああ!」と理由に
「ひょっとして、ナマモノなのがいけませんか? お腹が弱くて、火を通さないものをお召し上がりになるとひどい腹痛にさいなまれるとか……。ちょうどうちの神官長さまがそうなんです。肉や魚を
「やめろ。あと、神官長の個人的な秘密をシレっと聞かせてよこさないでくれ、居たたまれない」
「そうですか? たいへん失礼いたしました。……あ! そうだ。今度こそ分かりました! 味付けがないとおいしくないですもんね。ご安心ください! こういうこともあろうかと、
「分かってない! というかその帯についている革袋、調味料入れだったのか!?」
美しい青年姿の竜神は、「とりあえず話を聞け」と両手を上げた。ルーはおとなしく背筋を伸ばす。
そうして告げられたのは、『オルフェン』という、彼の呼び名と。
「え? 竜神さまは生贄を受け取るつもりがない?」
――という、
本来ならば、竜神の名を知るのは聖女としてたいへんな
「お待ちください。あなたさまは、こちらのエウリュディス火山群に住まわれる竜神さまで
「まあ、一応はそうだな、今は」
では、やはり間違いがないはず。いよいよ確信を持って、ルーは質問を続ける。
「どうして
しかしこの疑問の本意より、オルフェンは別のところが気になったらしい。身を乗り出すように
「神官長の、孫? ……それではお前は、ユスティル家の血筋なのか? カメレア神殿を代々
なら、俺の勘違いか――と続けて
「違います。私はそのように高貴な身分ではありません」
「……? だが、今しがたお前は、神官長の孫娘が生贄に選ばれた、と言ったばかりではないか」
「はい、そうなのですが。つまり私は身代わりです。単なるなりすまし」 「は?」
「私の出自は、ここから離れた寒村で育ったみなし子です。とある事情でカメレアに流れ着き、笛姫として神殿で育てていただきました。ちなみに年は十六です。肉も柔らかくて食べごろだと思います」
さりげなく「つまり生贄におすすめです」と宣伝も含ませてルーが明るく報告すると、オルフェンはなぜかゲッソリと呆れ返った顔をしたのち、深く皺を刻んだ眉間を
「竜神さま? いかがなさいましたか?」
「オルフェンでいい」
「はい。ではオルフェンさま。
「ええと。竜神さまとは、それぞれにさまざまなお力を備えておいでだと
「……そうか……」
「あー、……ルーとやら。とりあえず、ここにお前が来た
「……? はい!」
しばらく絶句したオルフェンにそんなふうに問われたので、「かしこまりました」と頷いたあと、ルーはここ数日であったことを思い返し始めた。
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