第一章 私をお食べください③
娘は、セゲーレ湖に突き出た
(やはり
ほっそりした身体は、
細心の注意を払って爪に
そのままオルフェンは力強く羽ばたいて宙へと
彼女はまだ目覚めない。
ぐっしょり
また、
せっかく救い上げた娘だが、起き抜けに
やがて、黒い鱗の内側から黄金の光が
よく日焼けした
力のある竜神は、こうして竜形のほかに、ヒトの姿を持つことができる。
ただし、ヒトの姿になったとて、人相も割と怖めなのが、オルフェン自身も気にしているところではある。なにせ昔、人間のまちにたわむれで出かけたら、何もしていないのに子どもに泣かれ、
目つきが鋭く全体的に
それはさておき。
「おい、
「……う。ごほっ……」
改めて娘を
続けて数度けほけほと
長いまつげを
(ん? この娘……どこかで……?)
そこでオルフェンははっとした。
どこかで、ではない。
「……
彼が思わず
オルフェンは思わず、開きかけた口を閉じた。
「あっ……の!」
自分の置かれた現状がいまだに理解できていないのか、そこから先が続かず、娘は口をぱくぱくさせている。さて、どう説明したものか。
「お前……生贄にされたのだろう。もう大丈夫だ」
もろもろ思うところもあったが、何よりむやみに怖がらせたくはない。第一声に迷いつつ、オルフェンは相手を落ち着かせるのに最良と思おぼ しき言葉を選ぶ。
これに対して、娘はしばしきょとんとしたあとに、まっすぐなしろがねの髪を揺らした。
「ひょっとして……あなたさまが助けてくださったのでしょうか。ありがとうございます」
陽光を帯びて
(……まいったな)
オルフェンは、この娘の正体に見当がついていた。
竜神の生贄にお定まりの、純白を基調とした花嫁衣装。それに、白銀の髪にスミレ色の瞳。おもざしにも、どことなく覚えがある。
オルフェンがはじめて彼女に会った時は、まだほんの十かそこらの幼さだった。
(人間は本当に、成長が早い。あの子どもだとすると、大きくなったものだが……しかし、よく似た色を持つ人間の娘も神殿には多くいるだろうし、
もし、本当にこの娘が自分の知る〝彼女〞なら。
かつて、一度だけあいまみえた自分を、覚えてくれているだろうか。
「おまえ――」
ついオルフェンが
「ぶしつけながら、あなたさまはどういうおかたでしょうか。それから、火の竜神さまをお見かけされませんでしたか」
「は?」
助け起こされた姿勢のまま、オルフェンの
その
しかし、ひと息で礼を言われたあとの、立て板に水な続きが
(いや、俺は今人間の姿だし、見覚えがなくても問題ないんだが……。なぜに竜神を探す。生贄にされず助かったのだと言っていように)
ここで自分が竜神だと伝えては、やはり怖がらせるかもしれない。
「あー……だから。お前は、竜神の生贄に捧げられた娘だろうが、もうそいつに喰われる心配はないと……」
「えっ困ります」
しかし、オルフェンの言葉を遮り、同じ体勢のまま、娘は前のめりに
「私、こちらにお住まいの竜神さまに、どうしても食べていただかないと困るんです。ゆえに、竜神さまをお見かけされませんでしたか?」
「その質問に答える前に。……お前はカメレア神殿の聖女、だな?」
「はい。そのとおりです」
「それで、竜神の生贄に捧げられたと」
「そうです!」
娘は元気よく
いい子のお返事だ。そして満面の
(おかしい)
オルフェンは額を押さえた。
さっきから、娘の外面の儚さと、言っている内容との
「言いづらいが、その……お前が喰われる予定の、この地に住む竜神というのは、俺のことだ」
「エッ」
「俺の瞳を見てみるといい。人間と
「? あ、ほんとですね……ええっ!?」
娘は大きく目を見開くと、オルフェンの顔をまじまじと見つめてくる。
「では、あなたさまは、竜神さまの
「……まあな」
はしゃいだ様子の娘は、
しかし、娘はそんなオルフェンの
それどころか、
「改めてごあいさつを。はじめてお目もじつかまつります、我らがカメレアのあるじたる竜神さま。私、カメレア大神殿の見習い笛姫の、名をルーチェ、守護聖女は聖ルリジナの、ルーチェ・ルリジナと申します。以後お見知りおきを」
「守護聖女? ……ああ、神殿に入った見習いたちが
「はい。百年前に一度この地を離れられた竜神さまを、
(なるほど。ルーチェ、という名だったか)
久しく使っていない神殿知識を
「お助けいただき感謝ばかりです。お
「い、言い方……!」
ぎょっとのけぞるオルフェンに
「それでは、いま一度お願い申し上げます。こうしてせっかく生贄になりに参りましたので。――どうぞ、
「……はぁ?」
いかにも悲劇の生贄じみた可憐な容姿にもかかわらず、まったくこれっぽっちもそぐわない元気いっぱいの物言いに、オルフェンのほうは不覚にも、「いや断る」と
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