第16話 “あの人”でない私へ
「それじゃあしばらくじっとしててねー」
いつも使っているスポンジにお気に入りのボディーソープを染み込ませながら、しおりちゃんに話しかける。
すると、しおりちゃんは体を跳ねあげながら
「ひゃっ、ひゃい!!」
と声を裏返して返事をする。
浴室に響くしおりちゃんの声はとても可愛らしかった。
今日何度目の胸の高鳴りだろうか。しおりちゃんの動作一つ一つが今の私にとっては愛おしかった。このまま、ずっとこの時間が続けばいいのにと思うほどに。
「もしかして、緊張してる?」
ピクリとも動かないしおりちゃんの様子が気になり、もしかしてと思い彼女にそう聞いて見ることにした。
「……ご、ごめんなさい」
そう言いながら、しおりちゃんは私から顔を背ける。
その直後、体を小刻みに震えているのが分かった。
流石に昨日今日じゃ、距離を詰めるのは難しいわね……。
やっぱり、私は“あの人”みたいにはなれないみたい……。
そう思っていると、私は無意識のうちにしおりちゃんに抱きついていた。
そっと、優しく、愛おしいものが壊れないように、柔らかく抱きついていた。
「おねえさん……?」
キョトンとした様子で鏡越しに私を見ながら、しおりちゃんが話しかける。
その表情に嘘はつけないと思った。
そして、気づけば
「私と一緒だね」
そんな言葉を口にしていた。
「……おねえさんも緊張してるんですか?」
ジッと私を見つめながらしおりちゃんは不安げに私にそう聞く。
鏡越しとは言え、しおりちゃんに聞かれるとどうも今の私は誤魔化せないようで
「もちろん。人を洗ったことなんて、今日が初めてなのよ?」
と、口にする。
裸の場所だからなのだろう。
ここでなら、ありのままの私でいられるのかもしれない。“あの人”の真似をせずに、本当の私でいられるかもしれない。そう思った。
裸の付き合いとはよく聞くが、今になってその言葉の真意を知れた気がした。
「そう、なんですね」
どこか安心したような声のしおりちゃん。
その声だけに私は一歩踏み出せた。
「だから初めて同士、お互いがんばろう?」
そう言って私はしおりちゃんから離れ、体を洗う準備を再開する。
今だけは、ここにいるときは“あの人”の真似をしている私では無く、しおりちゃんが憧れる私でいよう。
きっと、それでいいんですよね?そうですよね──先生?
「それじゃあ、まずは背中から洗っちゃおうか」
私はそう言いながら、心の中の“あの人”に問いかけるのだった。
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