第八章 現代版猿の手
第74話 SNSの猿の手(1)
死神のアカウントのことについて、どのくらい覚えていたかと言われると、正直言ってあまり覚えてはいなかった。それぐらい起きた出来事が多過ぎて上書きされてしまったというのもあるのだろうけれど、実際問題、上書きされてしまうということはそれなりに関心が薄いということを指し示している訳である。
とはいえ、関心が薄いからそのまま放置します――なんて言うのも、はっきり言って都合が良過ぎる。人間誰しも都合が良い展開にしたがるのは分かることなのだけれど、だからといってそれをそのまま進めていくのは、失敗へ邁進するだけに過ぎない。
「死神のアカウント……または『SNSの猿の手』と呼ばれているそれは、確かに我々も調査する必要があるのではないかと考えていた。今後被害者が続出しないためにも、その噂を誰が作り上げたのか、何のために作り上げたのかを把握しなければならなかった……という訳だよね」
「警察も捜査しているのに……、雲一つ掴めていないのですか?」
六花の問いに、六実さんは深々と溜息を吐く。
「そうなんだよねえ。だから我々はそれが愉快犯ではない……そういう判断に至った訳。インターネットで流布される都市伝説や怪談は、それこそ星の数程ある。けれどね、その大半は愉快犯による犯行なのさ。犯行というのもどうかしているかもしれないけれど……、しかしながら、自分が楽しみたいためにやるってのは良くあることだろう? まあ、警察が手間暇かけていることは事実だけれど、誰にも迷惑はかけていないし、それで逮捕なんてしたら国がオカルトを認めているってことになってしまうし……、だから大半は無罪放免となっているのよね。まあ、我々の仕事は増えるのだけれど、こればっかりは仕方がない。給料貰っているんだから、文句は言えないよね」
「文句ぐらいは言っても良いような気がしますけれど……、ただまあ、そればっかりは仕方がないことなんですかね。確かに技術大国と言われたこの国で、オカルトを前面に押し出してきたらそれはそれで色々と厄介なことになりそうだし……」
「だからこの国って面倒臭いのさ。何でもかんでも我々は裏方に徹しなければならない。……まあ、そう考えると百鬼夜行の考えていることも何となく納得は出来るのだけれどね。ただ、彼らに賛同したところで、人間である以上、楽な生活は望めないだろうね。そのために彼らは活動していると言っても過言ではないのだから」
「人間を毛嫌いしている……ってのは、まあ、さっきの話で分かったような気がしますけれど、どうしてなんでしょうね? 人間を滅ぼす理由は?」
「人間は、この星にとってのウイルスだと思っているらしい。そんでもって、この世界にある様々な要因が抗体であるとも考えている。病原菌や異常気象、その他人間に仇なす要素は全てこの星が人間と戦っている証だと言っているのだよ」
それって、何て無茶苦茶な考え方なんだ……。それだと、自分たちはこの星を人間から守ろうとしている――ということか? それこそ傲慢な気がするけれど、それが良く通ったよな、意見として。まともな考えならそんな意見は通らないような気がするけれど。
「それが通ったんだよな、現実的に……。あたしはそういう情報を仕入れている情報屋とも話をすることはあるのだけれど、その情報屋がある日高い情報料と引換に言ってきたのよ。……近々、奴らは何かを仕掛けるつもりだと」
「何か、って?」
「そりゃあ、あたしにも分からない。百鬼夜行はマークしたばかりだからね。未だ情報がはっきりしていないところもあるのさ。いかんせん、そこまで把握出来ていないのはあたしにとっては痛恨の極みではあるのだけれど……、こればっかりはどうしようもない。手は尽くしたさ、物語の裏側からね」
物語の裏側。
簡単に言っているけれど、きっと大変なことがあったのは間違いないだろうな……。
「結果的に『百鬼夜行』は何をしようとしているのか? わざわざ『あやかし』を生み出して、その先には何があるというのか? 答えは見えきっているよ、分かりやすいぐらいにね――さてここで問題、『死神のアカウント』はどういう仕組みだったっけ?」
「どういう仕組みって……。確か、願い事を叶えてくれるんでしたっけ。そしてそれが何度も続いていく内にやがて命を狙われる……。そんな話だったと思いますけれど。命を狙われる前に、怪我をしてしまうとかどうとか」
「そういう訳。もっともシンプルな恐怖を煽るにはぴったりな都市伝説とは思わないかな? SNSのアカウントも用意されているようだけれど、あんまり運用はされていないようだし。けれども、今までに何人もの女子学生がこのアカウントに『被害』に遭っている。まあ、良くある話だよ。人間は面白い話なら、どんなことだって話してしまう。それが風評被害になってしまうことだって知らずにね……」
風評被害――古くは女子高生の流言から始まった信用金庫の取り付け騒ぎ、十年前の東日本大震災での福島県産農産物への風評被害、最近で言えばウイルスの名前が付けられた社名の会社に抗議をしているとか。名前が一緒なだけで同じウイルスとの関連性を疑ってしまう時点で、人間も単純な生き物なのだなと思ったりする訳だけれど、その単純な行動をする人間が大半を占めてしまうことで、結局は世界が回っていっている訳であって。確か電機メーカーは新聞に記事を寄稿したんだっけか? SNSで大盛り上がりだったと記憶しているが。
「人間というのは、面白いことならば何でも好きなのだよ。とどのつまりが、それにつけ込んだからこそ……、今『百鬼夜行』が動いているとも言えるだろう。人間の興味につけいって、世界を破壊しようとしている。いや、それだけならシンプルではあるのだけれど……」
「……姉さんは何処まで掴んでいるの?」
ガタン。車が停止する。
ぼく達は今、スポーツカーに乗っていた。
六実さんの運転、九重十六夜が助手席、ぼくと六花は後部座席だ。スポーツカーってそもそもいっぱい人が乗るために設計されていないから、四人が限界ではあるのだよな。車検証とかも見れば一目瞭然なのだろうけれど、あまり確認することはないらしい。そういうものなのだろうか。ぼくもいつか免許を取ったら分かるのだろうか……。
そして、スポーツカーが止まったのは、道路の端。正確には路側帯にぴったり着く状態だった。何でもこの狭さの路側帯ならば、路側帯に入って駐車することはNGらしい。詳しいことは知らないけれど、あんまり適当にやってしまうと後で警察にお世話になってしまうらしい。警察官が警察のお世話になるのはなかなか滑稽なので是非とも見てみたいところではあったけれど、六実さんは全力でそれを否定しているからそれを受け入れるしかあるまい。
「……何故ここにやって来たんでしょうか」
ぼくは、その場所を知っていた。
というか、知らない訳がなかった。
何故ここまでやって来たかというと、九重十六夜……ああ、もう長ったらしいので、十六夜さんと言うことにしよう。十六夜さんが、いきなり話を切り上げて、『死神のアカウントについて、一度解決しておきたいことがあるから是非とも来てくれ』などと言い出したのだ。そして、カーナビに目的地を入れた――スポーツカーにカーナビって着いているんだよな。さっきは説明しなかったから表現されていなかっただけであって、ETCとか使うらしいのだけれど――十六夜さんの行動を見て、六実さんは何かぎょっとした表情を浮かべていたような気がした。あのときは目的地に見覚えがあるのかな、ぐらいに思っていたのだけれど――。
「――戸松団地に、何の用事があるんですか」
そこにあったのは、戸松団地。
とどのつまりが、我が家であった。
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