第75話 SNSの猿の手(2)

「何故戸松団地にやって来たか……。言っておくけれど、ジョンくんの家に帰ってきたためではないよ。先程まで話していた内容にも直接関係する事象だったからこそ、ここにやって来ているのだからね」


 団地を集団で歩くのは井戸端会議をする女性陣か遊び足りない若者ぐらいだろうけれど、いざこう歩いてみると目線が痛い。いやというぐらい周囲から目線を浴びてしまうのだ。だからといってそれを苦にしてしまう程メンタルが弱い訳ではないのだけれど、しかしながら、それをずっと無視出来る程の人間でもなかった。態度に示すつもりはないけれど、示したら示したでそれはそれでなかなか面倒臭いことになりそうではあるし。

 団地は夕方だからか、小さい子供が多いような気がした。いつもこの時間はそうだったのかな……。あんまり記憶にないなぁ。出不精だった訳ではないのだけれど、そこまで目線を向けていなかったからかもしれない。


「……で、何でここにやって来たのか。話ぐらいしてくれても良いんじゃないか? いきなり、今からこれをやれなどと言われても対応出来るとは思えないぞ?」

「都市伝説が出来る過程を説明しておきましょうか」


 質問に答えろよ。


「都市伝説はどれだけ強力な都市伝説を編み出したとしても、それが信用されなければ何も始まらない。言っている意味が分かるかな? 現実離れしながらも、信用されやすい物を考えるのが一番のポイントだと言うことだよ。分かりにくいことなのかもしれないがね」

「いきなり最強の都市伝説を作れば良いのに、それをしない――ってことか?」

「したくても出来ない、というのが正しいだろうねえ。だってそんなメカニズムが解明されていないからね……。誰でも簡単に最強が作れます! だなんて怪しさ百パーセントだろう? そんな物を考えたところで……、あんまり考えたくもないのだけれど、まあ十中八九良い物は出来ないだろうね。都市伝説というのは偶然の連続で出来上がっているものだし」

「いや、そういう話をしたいのではなく……。どうしてこんなことを回りくどく話さねばならないのかは分からないが、いずれにせよ言っておきたいことはあると言えばある。……ほんとうに何がしたいのか、全くもって理解出来ない。いったいどうしてここに来たのか、そのことについて話をしたいのだが?」


 いくら長話で話が進んでいるようで進んでいなくて良く見たら進んでいるような話だったとしても、そればっかりは確認しておきたいところではあったのだが。


「……そうだねえ。確かに説明を求めろというあんたの話も筋が通っているかもしれない。ただ、目の前にあるのは紛れもない事実だ。こればっかりは受け入れてもらわないと困る」


 ずっと思っていたけれど、十六夜さんはお喋りだと思う。歌うように話をして、息継ぎする暇すらない。いったい全体どのようにして脳でアイディアを整理しているのか、その謎について解明したいところではあったのだけれど、それが分かるのには少しばかり時間がかかるようだった。というか、僅か数日で理解出来るような話でもないからな。この数日間で起きたことは、あまりにも唐突で滑稽なものだから、それを誰かに話したところでそんな話など荒唐無稽だと言われてしまうのだろうけれど、しかしながら、それが事実であるのだから受け入れてもらうしかないと言えばそれまでだ。


「百鬼夜行が生み出した今回の都市伝説……、先程の都市伝説のメカニズムに照らし合わせてみたら、少しばかり謎が生まれるとか、或いは何らかの共通点というか、それとも歪みのようなものを感じたりはしないかな?」


 都市伝説のメカニズム。

 そんなものはついさっき知ったばかりで、いきなりそれを推理に組み込めと言われても、こればっかりは解決しようがない。しかしながら、そう言われたからにはそれを組み込んで推理をしていかなくてはならない。

 無理難題であることは間違いないのだが、その無理難題を無理難題のまま放置するのも、良い方向に解決するとは思えないからだ。

 アイディアを腐らせる訳にはいかないしな。


「分からないのであればヒントをあげようか、ジョンくん。……要するにこの都市伝説は未だ孵化している段階に過ぎない。完成系と言うには、程遠いクオリティなのだよ」


「完成形には……程遠い?」


 都市伝説なんて、広めちゃえばそれで完成なんじゃないのか? それとも何か違うものでもあるんだろうか……。こればっかりは見当がつかない。


「姉さん。さっきから分かりにくい言い回しばかり……。そろそろ単刀直入に物事を話す能力を身に付けたらどう?」


 それって能力に分類されるんです?


「……分かりにくくしているのではなくて、自分で考える力を育てるためにやっているのだよ。何でもかんでも与えてしまったら、それはそれで住みやすい世界がやってくるだろう。人生について何のストレスも感じないのならば、素晴らしいことこの上ない。……だが、それが人類にとって住みやすい世界であるかと言われると答えはノーだ。言ってしまえば温室育ちの人間が社会の荒波に揉まれて果たして耐えられるかね? そりゃあ勿論、優しい人間だって居る。それに付け入って色んなことを押し付けて、自分ではまったく何もやらない唐変木だって居る。だが、それはあくまでも社会だ。それが誰にとっても素晴らしい世界であるとは言い切れない。……まあ、それを利用してスパルタをする人間も居るがね。あれは人間の風上にも置けない、悪魔だよ」


 人間は考える葦である――何処かの哲学者が言っていたような気がするけれど、それは強ち間違っちゃいない。考えることは出来たとしても、所詮それは葦の考え。百人居て百人救われる世界は何処にもありゃしないのだ。

 生きることこそが素晴らしく、狡賢く生きようともつまらなく生きようとも、それは一概に解釈することしか出来ない。

 ……普通は、もっとちゃんとしたやり方で評価するのが当然なんだろうが、この世の中は正直者が馬鹿を見るように出来ているからな。ある程度は息抜きをしないと、窮屈な世界に真綿のように絞められていく。

 ただまあ、それを理解していても実現出来ない人が大半を占めているのだけれど。


「人間は時に神様に滅ぼされてもおかしくない生き方をしているよ。ノアの大洪水じゃないが、また神様に洗い流される日が来てもおかしくないんじゃないか――そう思っても何らおかしくはない。何せ人間はずっと、この世界の最高位に立つ存在だと思い込んでいる訳だからね。創造主を忘れて、烏滸がましい言動ではあるけれど……」

「でも、そればっかりはどうしようもないんじゃないですか? 人間が人間、全員が全員、右向け右の精神な訳ではないのですし。……ってか、それが出来てしまうのなら、ロボットでも良いような気がしませんか? 人間が全てロボットに切り替わってしまったら、人間はどうやって生きていくのでしょうね」

「知らんよ、そんなこと」


 六花のディストピア妄想を一言で突っぱねた十六夜さんだった。

 知らん、って。

 もともと話を振って来たのはそっちじゃないか。


「――とかく、人間は脆い存在であることは間違いない。そして都市伝説のようなものを盲信してしまうのもね……。さて、ここで問題、『死神のアカウント』という都市伝説に不足しているものはなーんだ?」


 子供にクイズを出しているかのような感じで――ああ、間違っていなかったな。ぼくに対して出しているのならば、それは正しいことだったりするのだろう。十六夜さんからしてみれば、ぼくは立派な子供だ。

 改めて問題に立ち返ると――死神のアカウントに不足している物? いったい何があっただろうか。うーん、都市伝説の内容としては不足しているところはなかったような。それに女子学生が被害に遭っているというのも言っていたよな……。


「じゃあ、正解を言いましょうか。答えは……、未だ死神に命を狙われた人間が居なかったこと。確かに何人かの人間は怪我をしてしまっているのだけれど、未だ命までは狙われていなかった、今まではね」


 ん?

 その言い方だと、これから命を狙われるようなことを言っているような……。


「……実はジョンくんに目を付けていたのは、もう一つ理由があってね」

「理由?」

「――最近、君の妹さんにおかしなところはなかったか? あまり外に出なくなったとか、そういうところはなかったかな?」

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