第73話 忘れていること

「……しかし、仮にそうであるとして。どうして今まで我々の監視から逃れることが出来たのか?」


 言ったのは六実さんだった。確かに六実さんは今まで警察で『あやかし』のことを調べてきていた訳だし、周りに居るのもエキスパートばかりだったはずだ。であるならば、百鬼夜行のような『あやかし』で悪巧みをしようとしている組織の存在なんて直ぐに見つかってもおかしくないだろうに……。


「……それをカモフラージュするために幾つもの事件を起こしているのだとすれば?」

「カモフラージュ?」

「始まりは、ある都市伝説ライターが手がけた都市伝説考察サイト。都市伝説ライターはきっと自分の妄想と構想で考えた都市伝説を書き記したのかもしれないけれど、それには致命的な弱点が存在する。ああ、或いは盲点とでも言った方が良いのかもしれないね。……都市伝説ライターは最初から依頼人の考えている通りの都市伝説を書き記していたのだよ」

「つまり……誘導されていた、と?」


 誘導されていたのなら、あのときの問答でそう話をしても良いはずだろうに。


「無自覚のうちにしていたのならば、自分が自覚しないうちに都市伝説の原稿を書いていたとするならば、それはあまり触れられる話題ではないだろう。寧ろ、そこで気づかれるのなら、呪術師としては二流。いや三流と言っても良いだろうね」


 二流なり三流なりは良いとして……、つまりそこで気づかれずに都市伝説を作り上げた? どうやって? いったいどういう基準を持って都市伝説を書かせたのだろうか。


「一つは、エンターテインメント性に秀でた物。全てを見たことがないだろうから、分からないかもしれないけれど、あの都市伝説には鬼門の開け方や死神のアカウントと言った、センセーショナルな都市伝説が多かった。そして、特に一番力を入れたのが……『ロンファイン』だろう。とはいえ、あれもまたインターネットの怪談から拝借した物だろうから、精度としては低い物だと思うがね。それもまた、『ここで語られているのと似たようなことがある』という人間の心理を利用したトリックだったのだろうけれど」

「それって?」

「リンフォン、という名前だ。詳しくは検索すると良い……。パズルを組み立てると様々な動物を作り上げることが出来るのだが、第三段階を作り上げると大変なことが起こるのだよ。……因みにリンフォンもロンファインも一つのある単語のアナグラムから出来ている。何だか分かるかな?」

「……『インフェルノ』」


 六実さんがぽつりと呟いた。


「ご明察。流石は我が妹。……何処から気づいていたのかな?」

「リンフォンなら聞いたことがあるのよ。インターネットの怪談も『あやかし』に成る可能性は十二分に存在する訳だしね。それに、その怪談を如何にして管理していくかも重要なことではあるのだし。……で、それとどのような関係が?」

「関係はないよ。センセーショナルな都市伝説を作り出すことが一番なのだからね。……で、都市伝説を作り出すことは上手くいった。問題はこれからだ。『あやかし』というのは人々の求心力がなければ現実に存在することは出来ない。インターネットの、誰かが作った怪談や都市伝説というのも、多くの人が流布することによって、あたかも現実に存在するかのように振る舞うようになるのだから。そして着目したのが、バーチャル世界だ」


 仮想空間、或いは仮想現実。

 実際に存在しない空間であって、インターネットの0と1で全て作り上げることが出来る空間。現実世界の延長線上に位置づけられていて、今や世界の様々なシステムを仮想空間に実現させようという動きすらあるぐらいだ。この間のオリンピックが良い例で、今後はさらに仮想空間の拡張が続いていくのだろう。

 ……で、その仮想空間が何だって?


「……君達は一から十まで話をしなければ理解しないのかね。あのロンファイン事件を最初に発表したのは誰だったかな?」


 ええと、確かそれは――。


「VTuber……でしたね」


 六花からVTuberという言葉が出るのもちょっとだけ驚きだが――多分聞いたことないような気がする――、そう言われてみれば、最初に六花から話を聞いたときもそのようなニュアンスの話から入ったような気がした。

 女子高生バンドという設定のVTuberが、ある都市伝説を調査に乗り出す。

 それがその動画の趣旨だった。その後どうなったのかは、ぼくはVTuberをあまり見ないからさっぱり分からないのだけれど。


「それなら確か……、近々最終話を放送するとか言っていたような気がするな。ほら、居ただろ、磐梯。あいつは結構新しい物が好きなんだよ。そんでもって今回のVTuberもチェックしていたようだが……、あれはあれでただのエンターテインメントとしか思えないけれどねえ」

「当然だ。エンターテインメントにオカルトを混ぜ込むのは良いとしても、オカルトを主体としたエンターテインメントにしてしまったら、誰も食いつかないだろう。食いつくのはそのことを予め理解している人間ぐらいだから、元々の人数も限られてしまう。だが、それをVTuberにしてしまえば? オカルトが原因で事件が起きる、というスタンスのストーリーを作り上げて、多くの人間に没入感を与えさせるとすれば?」


 そこで、人々が少なくとも女子高生バンドを認識してしまうことが出来て、そのままロンファイン事件も現実に存在出来る条件を満たしてしまう――そう言いたいのだろうか。


「そういうことだね。いやあ、話が早くて助かるねえ。……つまりは、百鬼夜行はそうやって『あやかし』を増やしていこうと考えている訳。来るべき『終焉の日』に向けて……ね」


 終焉の日……か。

 最後の審判みたいなニュアンスなのかね。


「彼らが作り上げようとしているのは、はっきり言って人間からしてみれば最低最悪の世界であることは間違いないだろうね。いずれにせよ、人間が今まで傲慢な態度でこの世界を牛耳っていた訳だけれど、それについては否定する必要もない。実際、そうであったのだから。人間がこのまま存在していてはならない。我々がもっと住みやすい世界に変えてやろう、というのが趣旨だったりするのだけれど」

「……さっきから言っていることはかなりスケールが大きいのに、口調が軽かったりしません? 何か理由でもあるんですか?」

「小難しく話をしたところで理解が追いつくとは考えていないからね。それとも研究者のように堅苦しい口調で話されるのが好みだったりする? それはそれで否定しないけれど、人生の楽しみを見出せないような気がして、それはそれでどうなのかな、と思ったりするのだけれどね。まあ、どう人生を歩んでいくのかはジョンくん次第だけれど、その体質を考慮すると、普通の人生を送れるとは思わない方が良いだろうね」


 今さらりととんでもないことを言われたような気がするのだけれど?


「だって言っておかないと困るだろう? 後で説明していませんでした、などと言われて食い下がられても困るからね。ここではっきりと明言しておいた方が後々困らないと思うし。だから、もう一度言ってやろう。ジョンくん、君のその体質ははっきり言って異常だ。その体質をどう使うかは君自身にかかっている訳だけれど……、まあまともな人生を送ることは先ず不可能だろうね。その体質が改善出来るような状態にでもならない限りは」


 死刑宣告を受けたような気分だった。

 はっきり言って、良い気分ではない。寧ろその逆、最悪と言って良いだろう。そんな状態にしてまで、いったい何をしたいのだろうか?

 結局、彼女は敵なのか味方なのか。

 それだけははっきりしておかなくてはならないのだけれど――。


「……取り敢えず、結論だけ述べてしまおう。彼らはそういうこともあるから、人間が怪我しようともどうだって良いと考えている。いや、寧ろ人間を減らすのに何の感情も抱いていないだろう。だから、今わたし達がやらなければならないことは、ただ一つ」

「?」


 何かするべきことがあったかな……。

 疑問符を頭の上に浮かべていたぼく達に、さらに九重十六夜は話を続けた。


「今回の都市伝説で、未だ解決していない都市伝説はなかったかな? ……時間がないから、答えを言ってしまうけれど、SNSの猿の手などとも呼ばれている、願いを叶えてくれる代わりに代償を支払わなくてはならない――通称『死神のアカウント』の存在を忘れていないかな?」


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