第62話 書庫(4)

「……ゲームキューブは最早レトロゲームに片足突っ込んでいるからな。しかしながら、バーチャルコンソールもリメイクもリマスターも出ていないから、遊ぶにはゲームキューブか互換機能のあるWiiを手に入れなければならない訳だが、どちらも生産はとっくに終了しているからな」

「まあ……、会社にとっても生産終了した旧世代機より今のハードを買ってもらいたいだろうからなあ……。それについては否定するつもりはないが」


 ぼく達は神霊保安部の部室を後にしていた。目的は決まっている、書庫へ向かうためだ……。書庫に向かうだけなのに、何でこんな時間がかかっているのかと言われると、それは何も言えない。ぼくが聞きたい。ここでこれだけ時間を潰していたら、書庫ではどれぐらいの時間を潰すことになるだろうね? いや、考えたくもないのだけれど。


「到着しましたよ。ここが書庫です」


 めぐみさんが立ち止まったので、ぼくも立ち止まった。そこにあったのは、古い鉄扉だった。何か錆び付いているように見えなくもないけれど、ちゃんと動くのだろうか?

 とまあ、そんなことを思っていたら、めぐみさんがゆっくりと扉を押していった。どうやら観音開きらしい。それに、見た目は古臭そうだけれど、どうやら開ける回数自体はそこまで少なくなさそうで、あっさりと開いてしまった。

 そこまであっさりと開いてしまうと、それはそれで何だか悲しいことになってしまうのだが、それについてのツッコミはしないでおこう。古臭い作りをしている割には、かなり高い頻度で開けているってことなのかな。


「一応言っておきますが……、書庫の中にある書物は貴重な物ばかりですから、慎重に触ってください。それと、触ってはいけない物もありますから、それについても注意してくださいね。何が、とは言いづらいですが」

「触ったり読んだりすると呪われる本があるんだよ。うちはそういうものも管理しているって訳。……まあ、そういうのはひとまとめにしているから、そちらに近づかなければ良いだけの話だけれどね。ここに入れるのは限られた人間だけだから、それを悪用することはほぼほぼないだろうし」

「ほぼほぼ……って、百パーセントじゃないのかよ」

「人間に絶対は有り得ない。九十九パーセント実行しないと言ったとしても、残りの一パーセントで実行する可能性だってあるのだから。……それとも、きみはそれすらもなくすことが出来ると? 百パーセント、完璧にこなすことが出来ると言いたいのかな?」


 そこまでは言ったつもりはないし、考えたつもりもない。ただ、価値観だけを捉えてしまうのであれば、それについては否定しようがないだろう。どんな人間でも必ず失敗はする。そして、その失敗から成功を導き出せるのもまた――人間が人間として生きていくためのやり方である訳だ。知能が高いのならば、その知能を存分に使ってやらねばならない。勿体ないというか意味がないというか。

 しかしながら、それを考えるに当たっては――やはり難しい考え方なのかもしれない。理想論、と片付けてしまえばそれまでだけれど、その理想論がどれだけ素晴らしいものなのかを考えることぐらいは誰にだって出来るはずだ。


「……ええと、人払いを使うことの出来る魔術師ないし呪術師でしたよね? それだったら、こちらの書架にまとめてあるとは思うのですけれど」


 中に広がっていたのは、図書室だった。

 紙の匂いとカビの匂いが混ざったような匂いが、部屋を満たしている。

 そして書架一つ一つには最早紙が古くなり過ぎて文字が見えづらくなっている本をファイリングした物が大量に詰め込まれていた。


「ああ、そうだったっけ……。確かに見ることが決まっているのだから、書架を限定してやれば良い話だよな。それじゃあ、ここを見てくれ。……と言っても、何を見れば良いのか分からないだろうから、取り敢えずめぐみに話を聞いてくれ。きみ達は適当に書架からファイルを取り出して読み進めれば良い」


 簡単に言っているけれど、こんな情報を一般人に――正確に言えば、関係者以外に――見せて良いのか?


「何を今更。それを見られたところで悪用されることはないよ。何の力も持たないただの一般人ならば、問題があるのかもしれないが……、そこに載せられているのは皆魔術師や呪術師として……自衛の力を持っている人間ばかりだ。中には自分の持っている力が溢れてしまって……、それに触れた人間の気がやられることだってある」


 何でそんな危険な物を人の目が触れるところに置いているんだ、この書庫は。


「そんなこと言われても困る物は困る。……ただ、言わせてもらうとするならば、ここはずっとぼく達が管理している訳ではないのだよ。当然と言えば当然なのだろうけれど、ぼく達でさえ知らない情報だって大量に存在しているものだよ。さて、何処に行けばあるものかね。……取り敢えずこの辺の書物は全部見て良いものだったっけ?」

「何も分からないくせに口出ししないでください……。ええと、はい、確かに問題はないのですけれど、ただ個人情報が多分に含まれますからね……。ちょいと遅いですけれど、ここで得られた個人情報は事件以外には活用しないでくださいね」


 それ以外に何に使えと言うのだろうか。

 例えばネットワークビジネスに活用したりするのが駄目ってことかな?


「それはどう考えても駄目でしょう。法律すれすれですからね、ネットワークビジネスというのは……。ネズミ講、とは言わないですけれどそれに近しいものですから。ええと、何でしたっけ。最近もそういうのがありましたよね、映画が公開されたけれど、その原作者を好きなファンが大量にリピート視聴しているからランキング上位で居られる、だとか……。ええと、確かオンラインサロンでは原価でチケットを購入して好きな金額で販売して良い、みたいなことをしているなんて噂も……」


 それ、映画的には問題ないのだろうか……。何かケチが付きそうな気がするけれど、制作委員会的には興行収入さえ良ければどうだって良いのかね。だとしたら映画館でのビジネスも地に落ちた、と言わざるを得ない。まあ、半年も経過しない間に三百億円も稼ぐ映画もある訳で、ある意味映画は博打のようなものだったりする訳だし、それが出来ないのであれば、既に出来上がっているパイに何度も見てもらうことが一番だろうし、だからこそ特典を一週間ごとに分けて、何度も見てくれるような感じに仕立て上げているのだろうし。人間って、そういう物をコンプリートしたいっていう欲があるのだろうな。そうじゃなかったら、わざわざ週ごとに特典を変えることなんてしないだろうし。


「別に特典自体を悪者に仕立て上げるつもりはないだろうよ。……ほら、特典というのは必ず非売品である訳だから、そこでしか手に入らない代物が多い訳だ。だからこそ、それを手に入れたいと思う訳だし、それを手に入れて欲しいがために限定何万人などとする訳だ。こないだなんて限定三百万人という数字に最初は呆れていたけれど、それが一週間で消失してしまって、別の意味で呆れ返ってしまった――なんてこともあった訳だし。ただまあ、あれは特典の内容が直ぐにジャンプに掲載されたり、後々単行本に収録されたりしてしまっている訳だから、特典自体のレアリティは落ちてしまっている訳だけれどね。それでも、欲しい人は欲しいのだろうし」


 それはそれでどうなんだろうな――実際、特典を転売する人だって居るだろうし。それに、特典の年齢を制限している例だってあるような気がする。叔父さんがポケモン映画を毎年見に行っているようだけれど、特典の一部が小学生までと言われてしまって少し悲しかった、なんて言っていたっけな……。ただ、貰ったところでアーケードゲームのカードだから使わないらしいけれど。コレクターとして欲しいのかもしれないけれどね。


「ただ、ここ数年はQRコードが入っているから、それで限定のポケモンが手に入るのではなかったかな? ……だから、小学生限定、としてしまうと必ずポケモンが手に入ると宣伝しているのに、それが嘘になってしまうのだから、それを撤廃してしまったような気がするけれど。……ただまあ、最近はそれありきでゲームが開発されているような気がするのは否めないけれどね」

「でも、最初の幻のポケモンって、プログラマーの気まぐれって聞いたことがあるけれど?」

「ああ、ミュウだね……。ミュウはプログラマーが、発売前のデバッグプログラムだか何だかを取り外したら、少しデータが入れられそうだったから、と言って無理矢理に詰め込んだらしいね。デバッグを終えた後は、普通プログラムを弄らないと言われているはずなのにね。……だからセレクトバグを初めとした様々なバグが頻出したし、そのバグによってミュウを見つけたプレイヤーも出てきた訳だ。当時の子供はどうやってそれを出したのかは知らないけれど……、まあ、それが都市伝説みたいになってしまった訳だよ。ただ、実際にはほんとうにプログラムされていた訳だから……、それを認めて実際にイベントで配布したらしいね。数百人の枠に数万人が応募したというから、当時のポケモン人気は凄まじかったことが分かる。何せ死にかけていた携帯ゲーム機市場を復活させて、ゲームボーイの寿命を数年先延ばしにしただけでなく、その後の任天堂の携帯ゲーム機市場の地位を確立させたのだから」

 

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