第50話 三人目の犠牲者(3)

 廃墟ビルは四階建てだった。エレベーターは確か五階以上じゃないと設置出来ないみたいなルールがあったような気がするから、そのルールに則るとギリギリエレベーターが存在しない建物ってことになるのだろう。元々、ビルには沢山のテナントが入っていたようで、そのテナントの名前がビルのエントランスに掲げられていた。かつては多くのテナントが軒を連ねていたのだろうけれど、それも気づけば終わってしまっていて、このような廃墟が残るばかりとなっていた。

 階段を登っていくと、やがて二階に辿り着いた。そこでは多くの警察官が色々と調査をしているようだった。鑑識に至っては色んなところで指紋なり血痕なりを採取しているらしい。いずれも刑事ドラマでしか見たことのないような感じであって、少しだけ非現実な感じが漂っていた……。しかし、紛れもなくそれは現実だったりする訳で。


「被害者はどちらに?」

「あちらです。……やっぱり、十字架に磔になっています。犯行は同一犯とみて間違いないかと……」


 二階のテナントに入ると、そこにはがらんどうとなった空間が広がっていた。床にはガラスやらコンクリートやらの破片が散らばっていて、とても綺麗な状態とは言い難い。

 そして、その部屋の中心に――それはあった。

 十字架は、白い柱のような太い木で構成されていた。とてもじゃないが、こんなところまでどうやって持ってきたんだろう……、そんなことを思わせてしまう程だった。

 そして、その白い十字架は、赤く染め上げられていた。

 何故か?

 答えは分かりきっている。そこに磔になっていたのは――女性だったからだ。

 女性の顔はそれがどういう人物であるか特定出来ないぐらいに――焼けただれていた。

 恐らく、犯人が身元を特定されないように焼いたのだろう。もしかしたら、指紋もそうなっている可能性が高い。指紋だって少し火で炙ってしまえば消えてしまうぐらい繊細なものなのだから。

 そして、両掌と足の甲には釘が刺さっていて、それで十字架に固定されていた。

 女性の腹部は切開されていて、そこから腸が飛び出ていた。

 一言で言えばグロテスク。言い換えるなら猟奇的。

 そして、共通して言えることといえば……、とても人間が行った犯行とは思えない。


「……何度見ても慣れないものだね、このタイプの死体というのは」


 六実さんが掌を合わせ合掌すると、遺体の周辺を捜索し出した。


「他の事件と同じように、被害者が持っていたと思われる身元が確認出来る書類は何一つ残っていませんでした。スマートフォンもです。……財布は残っていますが、お金には手を付けていません。けれど、かなり大量のお金が入っていました。金額にして十万円以上」


 それぐらいの大金を持ち歩くとなると……、それだけ稼いでいるのか、或いはキャッシュレスが極度に嫌いかのいずれかだ。


「十万円も持ち歩ける女性……、しかも見た目からして年齢も若い。やり手のキャリアウーマンだったのかねえ?」


 服装はワンピースだ。スーツでも身につけていればある程度の特定は可能だったのかもしれないが……、残念なことに近所のしまむらで購入したワンピースだろう。


「ん? 少年はどうしてこれがしまむらで購入した物だって分かったんだ?」

「え……? いや、だって……あそこにタグが付いているじゃないですか、しまむらの」


 そう言われて目線をそちらに向ける六実さん。そして、ぼくの言った通りしまむらのタグが見つかったのだった。

 しまむらはさっきスポーツカーで通った通りにあった。結構繁盛しているようだし、そこを利用していたのかもしれない。ただ、一つだけ言えるとするなら――。


「……幾ら何でもズボラという一言で解決して良い問題ではないような気がするな……。今まで犯人は身元を極力確認させたくなかった。まあ、DNAとかから何とか探り出すことは出来るが……、それでも時間を要する。つまり、完璧主義者というか、そういう類いの人間だったはずだ。しかし、これは何だと言うんだ? 幾ら何でも、ミスとして片付けて良い物ではないような……」


 ミスと言うよりかは、わざと残したような気がする。

 もしかして――警察への挑戦状とか。

 劇場型犯罪、という言葉を聞いたことがある。あたかも演劇やドラマのように犯罪が進んでいくことを言って、古くは切り裂きジャックがそのルーツであるとも言われている。日本で言えば、グリコ・森永事件とかだろうか……。マスメディアが焚きつける報道が多いイメージだけれど、犯人からしてみればそれは想定されている行動であって、それをするということは犯人の思うつぼでもあったりする訳だ。


「警察を舐めてやがるな……!」

「でも、仮にそうだとしたら……、やはりこの事件は『あやかし』が関わっていないということですか?」

「いや……、そうとも言い切れませんよ。もしかしたら降霊術の一種なのかもしれません。或いは召喚の類いか……」


 降霊術?

 つまり、こっくりさんとかひとり鬼ごっことか、そういう類いの話か?


「まあ、簡単に言ってしまえばそういう類いの話ですね。実際、こっくりさんやひとり鬼ごっこは降霊術の一種として扱われることもありますし……、あとは百物語とかもそうですよね。夜、蝋燭を付けた部屋で百個の怖い話をしていると何かが起こる、という話です」


 でもあれってデマなんじゃないだろうか、とは思ったりする。

 計算してみれば分かる話だ。百物語で話されるエピソードは、当然百個。その話一つに三分かかると仮定して考えると……、百個のエピソードを語り終えるまでには三百分……五時間かかる訳だ。仮に深夜一時からスタートしたならば、その頃には午前六時……、もう日は登っている。じゃあ、時間をずらせば済む話じゃないか、ということになるかもしれないけれど、あくまでもエピソードを三分で済ませたと仮定した話であって、エピソードによっては五分だったり十分だったりする話もある訳だ。そうなったらさっき言った三百分という時間に加算していかなければならなくなるので……、結果的に夜で終わらない。


「百物語は、信じる人が出てこないのも当然と言われればそれまでだよな……。ただ、降霊術の可能性がある、ということについては概ね同意だ。未だこの事件からオカルトの可能性を捨てきれる訳じゃない」


 オカルトの可能性が少しでもあるなら、虚数課は動かなくてはならない、ということだろうか。

 だとしたら、随分と難しい部署のような気がする……。常に外部に目を向けて、内部のことも真剣に取り組まなくてはならないのだから。そういう部署に居て長続きするかと言われると……、はっきり言って超人ぐらいじゃないと難しいだろうな。まあ、それはどの部署に限った話ではなくて、警察全体に言えることなのだろうけれど。


「警察は滅私奉公の精神が今も根強く残っているからね……。まあ、公務員だからそれぐらいは分かるけれど。ただ、税金で働いているということについては、少しぐらい把握しておいた方が良いだろうねえ。残業代も……まあそこそこは出るけれど、期待しない方が良いだろう。何せ、公務員の給料が高いと何故か給料を下げろという謎の勢力が出てくるからねえ。普通、逆だと思うのだよな。こちらが下げるのではなく、そちらが上げる努力をしろ――と」

 

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