第51話 三人目の犠牲者(4)

 いや……、努力ってどういう話なんだろうな。実際、公務員の給料が高止まりしているかと言われると微妙なところだし、それに民間が合わせていくというのは当然分かりきっている話ではあるのだろうけれど、なかなかそれが上手くいかなかったりする訳だ。内部留保はあるのだろうから、それを何とか社員に還元出来ないものかねえ?


「まあ、会社によっては、社員の幸福を追求することが会社の幸福だ――なんてブラックじみた社訓を掲げている会社だってあるぐらいだ。実際、それがほんとうにルールに則ってやっているというのなら、給料が高くなることは当然のことだろうし。……けれど、実際は給料が安いのに仕事量は多い。何故なら社員が定着しないからだ。それを少数精鋭だと言っているケースだってないことはないが……、それが悪い方向に捉えられるか良い方向に捉えられるかと言われたら、簡単に言えば答えは前者だよ。だって、社員にかけるお金はありませんなどと言っているのと同じだからな」


 そこまで詳しく言っていると、何だか経験しているのか――なんて思ったりするけれど、もしかして前職がそういうブラック企業だったりするのだろうか?


「いいや、あくまでもこれは知り合いから聞いた話だよ。一応言っておくと、警察はブラックかどうかなんて言われると……、そりゃあ人によるだろうな、という結論しか出せないね。何せ好きな人にとっては最高の職場な訳だし、嫌いな人からすれば最悪の職場であるということは誰だって変わりない。まあ、好きなことを仕事にするなんて到底無理なことだったりする訳で、それすらも才能なり努力なり運が必要となってくる訳だから……、後はコネも重要か。いずれにせよ、それが必要である以上は誰だって楽な仕事は出来やしない。楽して稼ごうなんて話は、甘い話に過ぎないし、それに乗っからない方が良いという訳だよ」

「すいません。長々と話をしているところ恐縮ですが……」


 言い出したのは磐梯さんだった。もしかして事件のことだったりするのだろうか?


「うん? 何か話すことでもあったかな、磐梯」

「いや……、どう考えてもこの事件について話し合うことが先決じゃありませんか? 一応、警察の仕事はそうなんですから。その仕事を奪うことは、警察にとって死を意味しています。……それが警察にどういう作用を齎すのかは、定かではありませんけれど」


 難しい話だな……。警察がする仕事と言えば、そりゃあ罪を犯した犯人を見つけ出すことでもあるだろうし、他には法律を違反した人間を取り締まるという意味合いも持つ。法の番人と言われているのは、弁護士だったっけ? それとも検察官だったっけ? 詳しい話は、今ここで語るべきではないのだろうけれど……、いずれにしてもその考え方をずっと持ち続けることが大事だったりするのだ。

 大事ではあるだろうけれど、遵守しなければならないことであるかと言われると、疑問が生まれる。

 何せ警察官だって弁護士だって検察官だって――はたまた裁判官だって、人間であることには変わりがない。人間であるということは、これすなわち、ミスを犯すことだってあるということだ。ミスをするということは、つまり完璧ではないということなのだから、それについて検証していかなくてはならなくなる。

 けれど、実際の事件において、警察官や検察官はそれぞれの正義を振り翳してはいるけれど……、それが暴走するなんてことは滅多にない。たまに冤罪事件が出てきて取り上げられることは無きにしも非ずではあるけれど、しかしながらそれが起きるのはほぼ有り得ない。刑事事件のある確率で九十九パーセント以上が有罪になっているというデータがある。つまり、一度裁判にかけられてしまった犯人――この時点においては被告人という扱いになるのだろうけれど――は確実に処刑されるという訳だ。それが重かろうが軽かろうが処刑であることには変わりない。五十万円の罰金で済む事例だってあれば、残虐非道な事件だったから死刑になるというケースもある。いずれにせよ、事件を検証するのも裁判をするのも全て人間であることには変わりない訳だから――情が全く入らないかと言われると嘘になる。人間の特性であるのだから、それが入らないのは最早機械と言っても差し支えない。

 ロボットに裁判をさせたらどうなるのだろうか――それは考えている科学者も多くないのだろうけれど、人工知能が進化しない限り不可能だとは思う。けれど、いつかはシンギュラリティがやってくる。つまり、人間の脳よりも人工知能が賢くなる瞬間だ。それがくれば、ロボットは間違いなく人間を下に見る可能性は高いだろう。そして、いつかは人間に対して反逆する可能性だってある。


「まあ、人間が人間を裁くのって、なかなか難しいことではあるけれど……、しかしながら人間しか人間を裁くことが出来ないのだから仕方がない。いつかやってくるのかね……、ロボットが人間を裁く日が」


 きっと、それは今までこの世界を支配し続けてきた人間への裁きの時なのかもしれない。

 いや、そういう終末論を信じている訳ではないけれど。


「この事件……、課長はどう判断しているんですか? 犯人は他に居るとして……、その目的は?」

「分からないのか、磐梯。言ったじゃないか、この事件は明らかに降霊術だって。何かを呼ぼうとしているんだよ、犯人は。血で魔方陣を描くのは、古くから存在している呪術のパターンの一つでもある訳だし……、そこから何を下ろそうと思っているのかも把握出来るのかも?」


 しかし、それは確定している情報ではなかった。

 あくまでも、六実さんの仮定であって、断定であった。


「仮にそうだったとして……、犯人は一人であったとは考えづらいのですが、どうでしょうか? 他の現場でもこの十字架は見つかっていますが、いずれも五十キロは超える代物です。とても一人の人間が持ち運べる量だとは……」

「いや、お米の俵だって、あれ一つ四十キロはあるんだぞ? それを考えると五十キロぐらいは持ち運べそうなものだが……。まあ、二階のこの部屋まで運び込むのははっきり言って不可能だろう。少なくとも、このビルの構造では、な」


 何故だ?


「少年。これぐらい分かって欲しいものだけれどね。……では、解説しよう。簡単に言ってしまえば、このビルの入口だ。ここの入口はわたしの背格好から推定すると二メートルぐらいの高さしかない。それに対して、あの十字架は二メートルは超えているだろうな。……そこから考えると、先ずこのビルへ搬入するのは一人では不可能だろうよ。十字架に傷は付いていないだろうし、入口にも十字架の物質は付着していない。そうだろう?」

「え、ええと……」


 磐梯さんはメモ帳を取り出して、ぺらぺらとページを捲っていく。

 やがて一枚のページを見つけると、頷いて話し始める。


「あ、はい。そうです……。確かに十字架には傷一つ出来ていません。それは他の事件でも同様です……。そして、入口にもそういう物質は付着していませんでした。つまり、犯人はこの十字架を傷つけることなくここまで運び込んだ……?」

「それが可能か、不可能か。それぐらいはオカルトの知識が全くない磐梯でも分かることだと思うけれどね?」

「……はい、確かにそれならば。一人でここに搬入することは不可能です。誰か一人は最低でも居ないと……」

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