第49話 三人目の犠牲者(2)

『もしもし、磐梯です。……六実さん、いったい何処に居るんですか? もう現場調べ始めちゃいますよ』


 電話から若い男の声がした。それが磐梯なのだろう。


「あー、磐梯。ごめんねえ、今渋滞に巻き込まれちゃって……。あと五分もすれば到着すると思うから時間稼ぎしておいて」

『じ、時間稼ぎですか? 相変わらず何を言っているのかさっぱり分かりませんが……』

「じゃ、あと宜しく」


 そう言って電話を切りやがった。それ、絶対部下からの評価低いと思うんだけれどな……。


「良いんだよ、別に。……それに言うだろ、出る杭は打たれるってな」


 出る杭だったのか、彼は……。いや、そんな戯言に付き合っている場合ではなくて、ただ一言だけ言える機会を与えてくれるとするならば、人間は大事にするべきだと伝えるのが一番だろうな。やっぱり人間は一人では生きていけないのだから、友情というのは必要だ。友情・努力・勝利という三大条件もあるぐらいだし。


「何だよその週刊誌で出てくるような条件は……。ただまあ、出る杭というのは間違いか。虚数課には沢山の人間が居るけれど、はっきり言って警察にとってはお荷物と言っても過言ではない。オカルト関連の事件が多発しているのに、だ。出来ることなら、普通の事件として処理してしまいたい。そうすれば検挙率も上がる訳だからな。……けれど、そうも言っていられないのが現実だ。だから、我々虚数課に配属されるのは、元々そういう家系に育った人間か、落ちこぼれのいずれかだ。いずれにせよ、こんな場所では出世は期待出来ないからな」


 窓際部署ってことか。それってまるで特命係だな。実際、特命係に配属されたら先ず出世は出来ないらしいし。まあ、そのうち一人は監視のために置かれていたとかいなかったとか。ダークナイトとか居たよなあ。


「まあ、あそこと一緒にするのはちょっとどうかと思うけれどね……。ただし、我々だって一応は警察の端くれである訳だから……、ちゃんと警察の仕事はしないといけない訳よ。わたし達の手を借りなくても良い事件は沢山ある訳だし、そこには出しゃばらない方が良いしね」


 オカルト関連の事件専門を取り扱う部署――簡単に言えばそういうところなのかもしれないけれど、しかしながら、そうであると簡単に処理することはなかなか難しいだろう。幾ら落ちこぼれと家系の問題があるからと言って、自らそこで行動するものだろうか? 全員が全員『あやかし』に興味を持っているとも思えないし……。


「それについては、そう遠くない未来で話すことが出来ると良いけれどねえ。とにかく今は……、この事件について解決しないといけない訳だし」


 狭い路地に入る。スポーツカーが入るのがやっとだと言うぐらいの道だ……。これ、出る時大変だと思うけれど、路地の傍のコインパーキングに止められなかったのだろうか?


「奥に転回出来る場所があるから、そのまま突っ込んだ方が良いの。それにコインパーキングに駐車するのは別に良いけれど、それをしたことでメリットなんて何一つありゃしないからね。このまま行けば警察車両ということで路上駐車が認められる訳だけれど、わざわざコインパーキングを使ったらその分のお金を支払わないといけないだろう? まあ、経費で落ちないことはないが……」


 何で急にけち臭くなってしまったんだ。別にコインパーキングの料金ぐらい良いじゃないか。まあ、東京のコインパーキングの料金は高い部類に入るとは聞いたことがあるけれどさ。だって同じ関東でも茨城と東京じゃコインパーキングの料金が雲泥の差らしいし。

 ともあれ、路地を進んでいくとパトカーが数台止まっている場所に到着した。ビルの真ん前に止められているようで、そのビルは誰も使っていないように思えた。シャッターが降りていたようだったのか、シャッターが中途半端な所までしか上がっていない。そしてそれを確認すると、ビルの隣の駐車場――恐らくこちらも使われていないのだろう。今はパトカーが二台止まっている――の空いている箇所に止めた。


「いやあ、まさか駐車場があるとはラッキーだな。……もしかして、ここのビルは元々事務所とか多かったのかな? 事務所とかあるなら、お客さんは来る訳だから、駐車場は必要だものねえ」

「お待ちしておりました、六実さん!」


 六実さんが車を停車させたタイミングで、扉を開けてやって来たのは若いスーツの男だった。とはいえ少し着古されたスーツはきちんと折り目が付いているようだったし、Yシャツにも汚れはなさそうだ。ネクタイがピンク一色なのはどうかと思ったけれど、それ以外は清潔な見た目をしていて、新社会人ですと言われても違和感はない。ピンクのネクタイを除いて。


「何だ、磐梯か。……別にわたしを出迎えなくても良いぞ。それをするなら事件を捜査しろ。……何処まで調べている?」

「今鑑識が調べているところです。……こちらの方は?」

「退治屋だ。聞いたことはあるだろう。……『あやかし』を退治することが出来る人間だ。腕は確かだ。信頼出来るから連れてきた。もう一人は付き添いだが、一応連れてきた」


 一応って。

 ただの一般人であることには間違いないと思うのだけれどなあ。


「取り敢えず、助っ人を呼んだってことですね! ……いやあ、でもネットワークが広いというかフットワークが軽いというか……」

「一応言っておくがな、磐梯」

「何でしょう?」

「わたしに媚びを売ったところで、前の部署には九十九パーセント戻れないぞ」

「!」


 ああ、この人は左遷された人間だったのか……。さっき言っていた虚数課の人間は元々『あやかし』に触れてきた家系の人か落ちこぼれだって言っていたけれど、後者に入るのだろう。だとしても、雰囲気は仕事が出来そうな感じなのに実際は違うのだろうか。こんな人間にはあまりなりたくないものだな。自分のやりたい仕事が出来なくなる訳なのだし。それが出来ない仕事というのは、最早給料を貰うためだけに仕事をしているようなものであって――実際そうなのだろうけれど――楽しんで仕事をやっていくのが一番だと思う。だって、一日の三割が仕事で持って行かれるということは、そこをどう使うかで自分の人生が定まる訳なのだし……。仮に四十年働くとしたら、人生のうち丸三年は仕事に費やしているということになるのだから。中には仕事が好きな仕事人間だって居るのだろうけれど、それは特例だろう。仕事が好きだから仕事をしている人間は、何処か頭のネジがぶっ飛んでいるのかもしれない。


「……そ、そうですか。そうですよね……。でも、一応仕事は頑張っているのですから、それを上も評価してくれているとは思うのですけれど」

「日報は一応提出しているから、給料の算定ぐらいには使っていると思うがねえ。ただ、それが人事に関わるかと言われるとほぼ有り得ない。ここが何て名前で呼ばれているのか忘れたか? 『人材の墓場』だからな。……オカルトを何だと思っているんだろうな。オカルトも事件として解決しちまえばはい終わりと思っているのか。自分達の手に負えない事件を結局はわたし達が解決しているんだから、それぐらい理解して欲しいものだよ。わたし達は、あいつらの尻拭いをしているんだ」


 何だか警察も大変だな――そんなことを思いながらも、とにかく今は事件現場を確認する必要があった。だから六実さんを筆頭に――ぼく達は事件現場となった廃墟ビルへと足を踏み入れるのだった。


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