第六章 血の十字架事件

第48話 三人目の犠牲者(1)

 スポーツカーを爆走させていた。首都高で、だ……。首都高なら自動車専用道路の扱いになるからスピードは出せるのかもしれないけれど、それでも法定速度は確実にオーバーしている。警察官でもこれをしたら不味いような気がするけれど、実際はそこまで気にしていないのだろうか。ぼくとしてはおっかなびっくりな感じで助手席に乗り込んでいるのだけれど。


「結論を先延ばしにするのは宜しくないのだから、単刀直入に言うことにするけれど……、血の十字架というのは、今回で三つ目ということになる。結果的に被害者も三人目ということになるのだろうけれど、面白いところに被害者に共通点が見当たらない。皆目見当がつかない。これは、ミステリィとしては最高の展開ではあるのだろうけれど、残念ながらこれはミステリィではない。かといってファンタジイでもない。リアリティと言っても良いだろうね」


 首都高はくねくねと曲がっているのだけれど――高層ビルなどの隙間を縫っているから当然か――それを高速で走り抜けるのはどうかと思う。車酔いする人だって出てきてもおかしくないですよ?


「ファクターとして使われた円は……、やはり山手線ですか。鉄の魔方陣、というとかっこいいかもしれませんけれど、元々太極図を作り上げたのは東京を守護するためとも言われていますから……、犯人はそれを利用したということでしょうか。でも、どうして?」

「簡単に言えば、都市伝説を作りたかった……のかもしれないね。いずれにせよ、残虐な犯行であることは間違いない。ただ、血の十字架を作ることは、たった一人で出来るかと言われると簡単には言い切れない。やはり、共犯者が居ると考えるのは自然だろうね」


 高速を降りると、直ぐに渋滞に捕まった。東京の下道はいつもこんな感じなのだ……。仕方ないと言えば仕方ないのだけれど、こんな状況では排気ガスをゼロにするなんて課題を解決することは不可能だな。


「ちっ。まさかこんなに混んでいるなんてな……。パトランプでも付けるべきか?」

「別に付けても良いんじゃないですか。だって事件現場に向かう訳ですから。現場まで後どれぐらいですか?」


 そういえばここは何処だろう――などと辺りをキョロキョロ見渡してみると、少し離れた向こうに上野駅の駅舎が見えていた。ということはここは台東区ということになる。


「……まあ、いずれにせよ付けるところで移動出来るとも限らん。仕方がないが、ここで時間潰しをするしかないか……」


 意外とあっさり受け入れるんだな……。さっきまでの流れからするとパトランプを付けて強引に突っ切りそうなイメージがあったけれど。


「なんか言ったか?」


 何も言っていませんよ。


「……取り敢えずさっさと突っ走りたいところではあるのだけれど、そうも行かない。最近は外国人観光客もめっきり減ってしまったがな……」


 めっきりどころか一人も居ないような気がするけれどな……。昨年末に外国人の入国を禁止してから、最初は期限付きだったのに気がついたら感染症が終息まで延期する――なんて言ってきたのだ。事実上の鎖国ではあるけれど、食糧自給率だとかそういう問題があって、完全に鎖国に踏み切った訳ではないのだろうけれど、これで江戸時代に逆戻りといった感じだった。大政奉還して二百年未満でまた鎖国をするなんて、江戸時代の人も思っていないだろうな……。


「江戸時代の人は別にこんな時代を憂いてはいないだろうよ……。それに、少しは驚いているんじゃないか? 自分達の時代には実現出来なかったはずの物がてんこ盛りな訳だからね」

「鎖国の話をしているのではなくて……、とにかく今は血の十字架事件について、ですよね。もう少し詳細に教えていただけないのですか?」


 六花の言葉に六実さんは頷きながら、質問に答えた。


「――あー、まあ、確かに気になることではあるよね。実際、その血の十字架は今までに二つ見つかっている。それも山手線の直ぐ傍でね。最初は山手線の駅一つで殺人事件を一つ起こす……、そんな狂った犯行を考えたけれど、呪術の線もあると考えられた矢先にあっという間にこっちに持って行かれちまったよ。一応は捜査一課の管轄ではあるのだろうけれど、オカルトが絡んでいると分かったら直ぐに虚数課行きだからね……」


 点数稼ぎが好きな警察からしてみれば、成果を持って行かれるのは気持ち良いものではないはずだ……。だったら、オカルトであることを隠してしまうパターンもあるのでは?


「過去にはそういう事例もあったよ。けれど……、事態は悪い方向にばかり向かうものでね。その結果怒られるのは隠蔽していた部署な訳であって……。一応警察は点数稼ぎが好き、というかそれが直接出世に繋がるから当然ではあるのだけれど、それはあくまでも星を上げたことが関係しているだけであって。幾ら点数稼ぎで事件をこなしたからって、それを解決に導かなければ意味がないの。だから普通は……、こういう時って直ぐにうちに回されるものなのよね」


 つまり厄介な案件が回されることが多いってことだろうか。未解決事件だと言われているものも、大半はこういう『あやかし』が関わっている事件だったりするのだろうか……。


「勘が鋭いけれど、まさにその通り。……まあ、全てが全てそうでは言い切れないけれど、改めて調査してみると『あやかし』が理由の事件も数多く起きている。当然と言えば当然なのかもしれないけれど、『あやかし』は普通の人には視認出来ないのだから、それが原因だと認識することは不可能なのだよね。だって、人間は五感を気にしている訳だから。そして、目から得られる情報は全ての情報の九十パーセントにも及ぶと言われている。……今だって、第一印象を気にしている人は大半だから、必要最低限の身だしなみをきちんとするだろう?」


 信号が青になったのを見て、ゆっくりとスポーツカーを動かしていく。流石に渋滞している間を縫うように進むなんて危ない運転はしないようだ。まあ、警察官が警察のお世話になるなんて、新聞含めメディアにとっちゃ格好の餌だからな……。


「ちょっと電話するわね。……ちょっと磐梯に電話して」


 そう言うとスマートフォンは電話をかけた。音声認識という奴だ。元々は視覚障害を持っている人が使っていたやり方だったのだけれど、両手を使うことが出来ない人――それが障害だろうがそうじゃなかろうが――にも適用されるようになっていた。今じゃ道路交通法で認められていない車内での運転手の携帯電話の使用の禁止を回避するために、ハンズフリーと音声認識を駆使している――なんてケースもあるようだ。しかしながら、そこまでして携帯電話を使いたいものなのかね。常に携帯電話を必要としている職種って、結構限られるような気がするけれど。タクシードライバーとか? でもタクシードライバーって無線があれば問題ないだろうし……。


「わたしのような人間はいつだって携帯電話を利用することがあるの。だから鞄にはポケットWi-Fiが入っているのだし。それはギガを使いすぎないようにするため……でもあるのだけれど、流石に5Gを使いたいとなると、高いプランにしないといけないのよね。でも、これでも安くなった方だったかな?」


 携帯電話会社が料金プランを見直したのは、割とつい最近だったかな……。そりゃあ、利用者からしたら料金が下がるのは諸手を挙げて賛成することではあるけれど、別に携帯電話って適当にやっていれば利用出来る訳でもないのだからね。例えば携帯電話を何処でも使えるようにするために電波塔を建てたり、機械を新調したり、故障時は直ぐに修理したり……。そういうお金もかかっているのだろうけれど――所謂維持費というものだ――それについては、国民というか利用者は全く考えていない。企業努力で何とかしろということなのかもしれないけれど、それで何とか行くならば苦労はしないだろうし、そういうことをすると結果的にサービスの質が低下しそうなもので、最終的には消費者自身の首を絞めることになるのだよな……。

 

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