第47話 ベツレヘムの星(2)

「逆?」


 つまり――わざとキリスト教のモチーフを使っているということなのか? それが、何の目的で……。


「可能性として考えられるのは……、自分に疑いの目を向けさせないため。最初はただの都市伝説マニアによる犯行だってんで、ウチが出しゃばる必要はなかったのだけれど……」


 確かに、今までの話を聞いていると、『あやかし』専門の部隊だと言っていた虚数課の出番はなさそうだ……。幾ら都市伝説が絡んでいるかもしれなくても、犯人像が浮かび上がってきているのなら、普通に刑事事件として処理すれば良いだけの話だ。実際はもっと小難しいやり取りがあるのだろうけれど。

 しかし、今聞いていた話をまとめると、普通は出てくる必要はないのに出なくちゃいけなくなった――ってことになる。それはいったい?


「ある都市伝説ライターが、自分のサイトでその『血の十字架事件』を取り上げたんだよ。何処からその情報を入手したのかは知らないが、被害者のイニシャルや死亡場所も書かれていてな……。まあ、事件現場は新聞やインターネットのニュースサイトでも見れば分かるのだろうが……、それをこれと結び付けるのはどう考えたって出来ないはずだ。それに、その都市伝説ライターはこんなことも書いていたんだよ。……『この事件は三十三年前の連続殺人の再現だ』ってな。そして、そのライターの予想では、この事件は降霊術の一種なんじゃないかと位置付けている訳だ」

「……まさかそのライターの戯言を信じるのですか? 警察が?」

「信じるか信じないか……、そう言われたとしても今は手掛かりがそれしかないからな。藁をも掴む思いとはこのことを言うのだろうな」


 しかしながら、そのライターも綱渡りな記事を書くものだな……。閲覧数さえ稼げればどうだって良いのかもしれないけれど、下手したら情報漏洩を疑われて終わりじゃないか?


「まあ、そのライターも命知らずではあるけれどね……。まあ、名前もふざけた名前だったから記憶しているのだけれど……、ええと、アレはなんて名前だったかしら」


 メモ帳をぺらぺらと捲りながら、延々と何かを呟いている。

 そして何かを見つけたようで、少しだけ嬉しい表情を浮かべていた。


「ああ、これよこれ! ……ええと、イザナギオカルト研究所? って言うらしいのだけれど、何を研究しているのかしらね」

「……今何と?」

「え? だからそのライターも命知らずよね、って……」

「その次です。今、イザナギオカルト研究所と言いましたか?」


 その名前は、ぼく達も聞いたことがあった。

 都市伝説を追いかける女子高生バンド、彼女達が都市伝説を調べる上での情報源としていたサイトだ。

 点と点が線で結ばれた瞬間だった。

 しかし……、疑問は増えていくばかりだ。イザナギオカルト研究所は、女子高生バンドのために作成されたサイトだったはずだ。しかし、今の発言からするとそれと相反することになってしまっている――血の十字架事件を調査しているサイトである、と。そんなこと、有り得るのだろうか? 運営はそんなことを考えていないだろうから、現実の事件を書き立てることなんてしないと思うのだけれど……。


「ということは、このオカルトサイトの管理人は……もっと大きな何かを行おうとしているのかもしれないわね。だって、その……VTuber? だったっけ……、それが絡んできているなら、少なくともそれなりに財力はあるはずよね」


 そして裏を返せば――、そこを調査すればイザナギオカルト研究所の管理人に辿り着くのは明白とも言えた。


「ただ、一つ懸念がありまして……」


 六花の言葉に首を傾げる六実さん。


「懸念? ここまで来たら疑う余地はないじゃないか。目的はともあれ、イザナギオカルト研究所の管理人が二つの事件……そして『あやかし』に関わっている可能性が高い、ってことだろう? 他に何が考えられるんだ?」

「いや、考えてくださいよ。イザナギオカルト研究所は、あの女子高生バンドの企画のためにわざわざ作成されたんです。ということは、歴史は浅いんですよ? 幾らプロフィールに何十年のベテランと書かれていても、その人物は実在しないはずです。実際には……末端の都市伝説ライターとかが書いているんだと思います。けれど……、だったらどうしてその事件を追いかけたのかが謎でしかありません」

「そりゃあ、分かりきった話だろう。……その女子高生バンドを仕組んだ人間にそういう思惑を持った人間が居た。ただそれだけの話じゃないか?」

「じゃあ、そうであるとして……、仮にそうであるとして、やはり異質ではありませんか? 今まで現実の事件は一度も取り上げていません。取り上げている都市伝説はインターネットで流行っていたものばかり……。あくまでも現実で語られているような都市伝説ではありません。インターネットとは匿名での投稿が容易ですから、都市伝説を作りやすいのですよ。フォークロアもその一端ですね……。海外はその傾向が顕著にあって、例えばアメリカでは細身の男が子供をストーカーしたり拉致してしまうことがある……なんて都市伝説が上がっていましたね。確かあれは海外の掲示板での内容だったそうで、実際寓話であることを認めていて、著作権も申請していたはずです」


 海外の都市伝説はホラー要素が強いと思う……。日本とはまた違うよな。そう考えるとクトゥルフ神話もそれに近いのだろうか……。あれは一応想像って話があるけれど、何処までほんとうなのだろうね?


「クトゥルフは表向きにはそうであると解釈されています。しかしながら、厳密にはそうではなくて……、クトゥルフ神話を作り出した作者とも言われているハワード・ラブクラフトは異界との交信に成功したから……などとも言われています。我々が知らない世界と交信をして、その世界の神について触れた。だからクトゥルフ神話は本物のようでもあり偽物のようでもある。何処かのらりくらりと躱していくような、そんな危なっかしいスタンスがあるのですよ。彼が描いた世界は、我々の世界に近しい――表裏一体であると。だから、いつかの何処かで誰かが触れる時だって存在する。それもまた、『あやかし』の一つとも言えるでしょうね」


 難しい考え方だな……。でも、それについては何となく同意せざるを得ないだろう。というのも、この世界とは違う別の世界との交信というのは、別に一件だけではないからだ。

 有名な物で言えば……、世界最高の魔術師とも名高いアレイスター・クロウリーの『法の書』だろうか。あれは確かエイワスという生命体と言って良いのかすら良く分からない高次元の存在を明記している。しかしながら、それについてはあまりにも分からないことばかりであるから、それを理解するのは難しい。ドグラマグラみたいな物かもしれないな、あれは小説だけれど。


「で……、その都市伝説サイトの調査なのだけれど」

「行ったんですか?」

「行ったよ。IPアドレスの開示……、まあここに関してはインターネットで公表されている訳だしな。DNSなんかは調べたら直ぐ出てくるし。そして、管理者についての情報だが……、まあ直ぐには出てこなかった。具体的に言うと、出て来たのは登録代行業者の名前だった。そんなものだよな、誰しも本名をインターネットに登録する訳がない。デメリットが大き過ぎる」


 確か、インターネットでサイトを作るとなったら、大抵はDNSなりそういう細かい設定をしてくれるサービスがあるんだっけ……。無料でやってくれるところだと広告があるらしいけれど、月数百円でも払うと広告がなしになるんだったかな。それにわざわざ本名を出す必要もなくて、登録する住所も名前も全部サーバーがあるレンタルサーバーの会社になるんだとか。


「じゃあ、見つからない……と? イザナギオカルト研究所については、今後調べることが全く出来ないということですか?」

「まあ、それについてはその通りだが……おっと、失礼」


 スマートフォンを取り出して、電話に出る。


「はい、こちら六実。……ああ、分かった。今から向かう。場所は?」


 電話を終えると、残っていたビールを飲み干して立ち上がった。


「忙しいねえ、むっちゃんは」

「忙しいのが良いんだよ。……まあ、警察ってのは暇であればある程良いのは確かだけれどな。後で取りに来るから寿司折作っておいてくれる?」

「分かったよ。来る三十分前までには連絡しておいてくれな」

「よし、それじゃあ向かおうか」


 何処へ? という問いに六実さんは即座に答えた。


「そりゃあ、分かりきっている話だろうが。今虚数課が抱えている未解決オカルト事件……『血の十字架事件』、その新たな被害者が出たんだよ。一先ず現場検証をしているから、急いで向かうのさ。六花も来てもらえる?」

「これに関する費用は虚数課に請求すれば良いですね?」


 ちゃっかりしてるなぁ。


「ああ、それで頼むよ。……それじゃあ、向かおうか」


 ……ぼくの意思はどうなるんでせう?

 そう聞いてみたかったけれど、やはりここでも解答権はないらしい。ぼくはそのまま高級寿司店を後にするしか、道は残されていなかったのだった。

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