第五章 死神のアカウント

第43話 虚数課(1)

「……いやあ、あんたから電話なんて珍しいよねえ」


 三十分後、事務所にやって来たのはスーツ姿の女性だった……。ぼくが座っていたソファに腰掛けるとセブンスターを取り出してぷかぷか煙草を吸い出したのだ。別にここは禁煙ではないはずだけれど、一度ぐらい煙草を吸っても良いかとか聞いても良いような気がする。六花だけならまだしも、初めて出会う人間だって居るんだぞ?


「久しぶりですね、六実さん」

「あー、ほんとうに久しぶりだよなぁ。こっちも色々忙しくてねえ……。週に一度はこっちに出向きたいところだけれど、そうも行かない。特に今は感染症があーだこーだ騒がれているだろう? それに乗じて喫煙室も削減されちゃって、困ったもんだよ。警視庁の建物だって今までワンフロアに一つあった喫煙室が三階飛ばしになりやがった。だから移動するために一々階段かエレベーターを使わないといけないのだけれど……、これが面倒臭い! 昔は非常階段にさえ行けば吸えたんだけれど、それも出来ないしねえ……」


 流石にニコチン依存症な気がするけれど……、医者に診てもらった方が良いんじゃないのか?


「何か言ったか、少年。……で、この子何? ボーイフレンドでも見つかったのかい? 六花は堅苦しいからねえ……、早く身を固めた方が良いよ。まぁ、わたしが言えた口じゃないけれどね」


 あっはっは、と豪快に笑いながらコーヒーを一口。


「……あ、ジョンさん、ご紹介しておきますと……、この人は警視庁捜査零課の九重六実さんですね。捜査零課については、覚えています?」


 何かのタイミングで言っていたような気がするけれど……、確か存在しないと思われているから『虚数課』なんて呼ばれているんだっけ?


「おっ、うちについて知っているなんて流石だねえ……。インターネットで流布した奴が居たらIPアドレス特定して何かしらの罪に処するぐらい厳しい統制をしているのに……。あ、もしかして六花から聞いたのかな?」


 何だよそれ。検閲じゃねえか……。いや、或いは国家反逆罪に問われるのか?


「まあ、それについては追々語ることにしようや。……で、六花、何でわたしを呼びつけたんだ?」

「ああ、そうでした。六実さんに聞いておきたいことがあったんですよね……。この話って聞いたことがありますか?」


 そう言って六花は六実さんに先程聞いたサンタクロース――もとい死神のアカウントについて語り出した……。内容については、学生の間で広まるには充分過ぎると思う。或いはチェーンメールか? 今はキャリアメールを使う若者も減って来ているから、どちらかというとSNSになるのだろうけれど、SNSじゃあまりインパクトないしなぁ……。あ、でも最近の貞子はネット動画に呪いのフィールドを広げたんだっけ? 呪いの動画をインターネットに公開、なんてあまりにも恐ろしい。やろうと思えば全世界の人間にそれを試聴させることも出来る訳だしな。

 話を聞き終えた六実さんは、煙草を咥え思いっきり吸った。ニコチンを供給しているのだろう……。それにしても喫煙者は珍しくなったような気がする。昔に比べて煙草の値段も上がったし、お店で煙草は吸えなくなったし……。まあ、喫煙者の中でもきちんとルールを守って吸ってくれれば――例えば受動喫煙をさせないようにするとか――別に問題ないのだけれど、やっぱりわざわざ不健康にさせることを推進する程、国も馬鹿ではないのだ……。煙草の税金はかなり美味い取り分らしいけれど、それをあまり表には出さないで、健康を害するかもしれないから止めてね、というダブルスタンダードを打ち立てている。多分税金に旨味を感じなくなれば、一気に衰退するのだろうが、煙草産業はまだまだ衰退しそうにない。


「ああ、聞いたことがあるよ。ってかウチの山でも捜査している案件だ……。通称『SNSの猿の手』と呼んでいるけれど、謎はあまりにも多過ぎる」


 猿の手――やはりそう解釈する人が多いんだな。猿の手も持ち主に三つの願いを叶えてくれる。しかしながら、それには代償が伴うのだ……。それを現代に落とし込んだのが、サンタクロースもとい死神のアカウントなのだろう。死神というのは、命を刈り取る訳だ。願いを叶えてあげる代わりに、自らの命を差し出す……。はっきり言って、これを普通の人間がやるのは異常だと思う。有り得ないことではないと言い切れないのが怖いところだが。


「……まあ、そこについて前向きに解釈するならば、死神はやはり『あやかし』と言えるのかもしれないねえ。条件は満たしている。ただ、問題は……」

「何処を叩けば良いか、ですよね……。アカウントということは誰が運用しているとは思うのですが、特定することは?」

「無理だね。そのアカウントの人間が、罪を犯したという確たる証拠がなければ、こちらから情報を開示してもらうよう請求することは出来ない。確かこのアカウントにフォローされているのは百人ぐらいだったと記憶しているけれど、そのうち三分の一がツイートをしていない。それをただ『亡くなった』と強引に結びつけているだけじゃないか……、そう言われてもおかしくはないんだよ」


 確かにそう言われたらその通りではあるのだけれど、ただ『あやかし』ってそういうものだったりしないのだろうか……。今まで出会った『あやかし』は少ないのだけれど、しかしながらそういう人間の常識に囚われないような存在にも思えてくる。


「そりゃあ、その通りではありますけれど……、百パーセントそうであるとは言い切れませんよね。実際、『あやかし』のことを認知しない人間は数多く居る訳ですから……」

「……そんなことを言うってことは、少年は『あやかし』に対しては全くの門外漢ということか?」


 門外漢も門外漢――こないだまではそんなことを知りもしなかった。認識しなかったというか、認識出来なかったというか、そんな感じかもしれないな。


「彼は『あやかし』に触れてしまったんですよ。……ですから、『あやかし』を呼び寄せてしまう可能性もある訳です。そのことは、虚数課だってご存知のはずですが?」

「知っているよ。別に今更説明しなくたって、分かりきっていることなんだから……。ただまあ、普通はこういうところに置いておかないよね。そういう人の元で管理しておく……というのがベストなやり方ではあると思うけれど? 『あやかし』に狙われる可能性があって、自分で対抗する術を持ち合わせていない人が、この国にどれだけ居ると思っているんだ?」

「それは分かっています。専門家が適切に管理していけば問題ない、と……。そして、わたし自身がその専門家としては不十分であるということも……。しかしながら、これはわたしの責任です」

「責任?」

「彼は、わたしが『あやかし』を退治するときに触れてしまいました。……結果的にそうなってしまったのと、第三者から見れば危険なところに立ち入ってしまった彼に責任があるのでしょうけれど、それは言い訳に過ぎません。わたしが……、わたしがきちんと管理していれば、彼を『あやかし』に触れさせることはなかったのですよ。だから、その責任を――」

「責任を取ろうと思う意識は素晴らしいとは思うよ。ただ、それは評価されない。分かるか? この世界は実力主義だ。感情などの不確定な要素だけでは生きていけないし、そういう甘言をする人間は必ず滅びる。滅びる……というのは言い過ぎかもしれないけれど、衰えるのは間違いないだろうね。コバンザメのように力の強い存在に纏わりついていれば違うのかもしれないけれど……、それがずっと出来る訳でもない。強者は常に強者であり続けなければならないが、努力が必ず結ばれるとは限らないのだから」

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