第36話 Web会議(1)

 ぼくが六花の事務所にやって来たのは、昼過ぎのことだった……。別に日にちを変えたって文句は言われないだろうけれど、一応首を突っ込んだ案件ではあるのだから最後までやりきらなければ、気分が悪い。よって、ぼくは城崎との約束を反故にして、ここまでやって来た訳であった。


「あ、早かったですね。……どうぞ、入ってください。今日はちゃんとあなたの分もお茶菓子を用意してあるので」


 この前もなし崩し的にお茶菓子を頂いたような気がするけれど……、今回はどんなお茶菓子を振る舞ってくれるのだろう? 未だ二回目だけれど、ちょっとだけワクワクする。ちょっとだけね。


「今日は船橋屋の葛餅をご用意してみました! いやー、食べたかったんですよね、これ」


 葛餅とはまた洒落たものを用意するものだ――葛餅ってなかなか食べる機会ないんだよな。自分で買うとなるとまあまあ高いものだし、だからといってそれ以外で食べる機会があるかと言われるとあまりない。好きな人は買いに行くのだろうけれど、百貨店に入ることすら躊躇する人は世の中に居る訳で、そういう人達からしてみれば高級な甘味であると言えるだろう。


「……で、本題なのだけれど。メール……正確にはメッセージでは、何一つ情報が入ってこなくてね。一度話を聞いておかないと不味いかな、と思ったのだけれど」


 ぼくの言葉にうんうんと頷く六花。

 自覚あったのか。


「いやー、たっぷり書いた後に気づいたんですよね、制限が七十文字って……。Eメールだと文字数制限は一万文字でしたっけ? Cメールだと短いんですよね……。だからといって電話で伝えるような内容でもないし、あの内容さえ送っておけばやって来てくれるかな、って」

「ぼくを試したのか?」


 というかCメールって最早死語だと思うぞ……。今は殆どスマートフォンだから、スマートフォンだとメッセージって名前になっている訳だし。一部のガラケーユーザーからしてみれば、未だCメールの方が定着しているだろうし、スマートフォンに鞍替えした人もかつてはガラケーユーザーだった訳だから、時たまCメールと言う人も居るのだけれど。しかしながら、いずれCメールを経験していない――つまりスマートフォンが最初の携帯電話だった――ユーザーが出てくる訳で、そうなったらジェネレーションギャップを感じるのだろうか。例えば、令和生まれの人間が高校生ぐらいになったら、出てきそうな気がする。そうなった頃には、ぼくは中堅のサラリーマンとしてバリバリ働いているのだろう。――正直、想像は出来ないけれど。


「試したというか何というか……。まあ、それについてとやかく言う必要はありませんよ。とにかく、今はある情報を仕入れたということだけ教えておこうかと」


 ある情報?

 それって、ロンファイン事件に何か関係がある――確たる証拠だと思って良いんだよな?


「ええ、ええ。思っていただいて構いませんよ。何しろ、この人はそういうものの専門家だと思いますから」


 専門家?


「都市伝説って、結構色々な種類があるので、それメインのライターって結構居るんですよね。それを仕事にしている人も居れば、趣味で活動している人も居ます。そして、彼らはそういうことを書いて……インターネットのサイトにアップロードする訳です。そのアクセス数に応じてインセンティブが生じるそうですけれど」


 要するに成功報酬、ということか。固定報酬ということで一記事幾ら、と決まっているのだろうけれど、幾らそれで定まっているからと言って、仮にその記事が十万人に閲覧されて結果サイトの知名度が上がりました、でもライターには一円もリターンがありません――それじゃあ、夢がない。だったら成功報酬として、どれぐらい閲覧されたかに応じて報酬を追加で支払えば、ライターにとってはやる気を維持出来るし、運営側からすればやる気のあるライターを確保出来るから、良好な関係を保てる――と言った訳だ。


「……都市伝説専門のライターか。まあ、居てもおかしくはないよな。何せ、都市伝説をメインとした番組が良く放送されているぐらいだ。興味のある人は沢山居るだろうさ。それで? その都市伝説専門のライターと連絡が取れたのか?」


 と言っても、あの動画で取り上げられている都市伝説はロンファインだけが架空の都市伝説だったと記憶しているが――。


「彼女はロンファイン事件をまとめた記事をアップロードしています。そして、彼女達が――ロンファイン事件を取り上げる前に取り上げようとしていた都市伝説の記事も書いています。であるならば、会って話をしてみるのは良い選択だとは思いませんか?」


 言いたいことは分かるが――そんな簡単に話なんて出来る物かね? インターネットで出来る仕事というのは、つまり仕事場の近くに家を持つ必要がない訳で、日本中の何処に居ても仕事が出来る。リモートワークやテレワークの走りと言っても良いだろう。そういう人に話を――つまり取材を――取り付けるというのはなかなか難しそうな気がする。


「今は良い時代ですよねえ……」


 そう言って六花が立ち上がると、事務所の奥にある机から何かを持ってきた。お盆ぐらいの大きさの銀色の板状の何かだった。その上には電源コードとマウスとマウスパッドが置かれている。

 紛れもなく、それはノートパソコンだった。


「昔だったら直接会って話をするか、電話で話をするか。その二択だった訳です。けれど、今はこういう便利なものがある訳でして――世界中の何処に居ても通話が出来る訳ですね。便利な時代になったものですよ。ええと、パソコンをこちらに置いて……」


 とどのつまり、今からここでテレビ電話をする、ということだった。

 テレビ電話という言葉すら最早古い言葉になっているのかもしれないが、少し今風の言葉を使えばWeb会議という言葉が妥当だろう……。数年前から少しずつ使われてきてはいたけれど、あまり浸透はしていなかったんだよな。

 しかし、昨年から流行した新型ウイルスの感染症は、そういうビジネスの場面すら大きく変えることになった。仕事は職場に集まってやるのではなく、テレワークで家庭で仕事が出来るようになり、打ち合わせや面接などもWeb会議を用いて行うようになったのだ。聞いた話によれば、今年の就活は九割以上の企業で完全にWeb会議を用いた面接フローに移行するらしい。それをすることで、遠方からやって来る就活生に負担を与えないようにすることと、同時に感染症対策も出来るし、さらには業務の効率化や経費の削減にもなる――まさに至れり尽くせりのアイディアだった。中小企業では未だ導入を見送っているケースがあるらしいけれど、きっと今後はどんどんこうなっていくんだろうな……。どれもこれも感染症のせいといえばそれまでだけれど、必ずしも悪い影響ばかりではない。


「Web会議システムを使うようだけれど、何を使うんだ? Skype? Teams?」


 知ったかぶりをしているようだけれど、ぼくとしてはその二つしか知らない。SkypeもTeamsも父親が使っているのを横目で見ただけだ。確か背景をバーチャルにすることが出来るから、最悪背景がとっちらかっていても気づかれることはないんだったかな……。インターネットの進歩は凄まじいし、それについていくのも大変だ。今は通信技術がやっと5Gに慣れてきた頃合いだけれど、それの覇権を握っているのはアメリカや中国、韓国といった海外だ。日本は、はっきり言ってしまえばそういう技術から出遅れている。何でも日本で働いている優秀な技術者を、中国はその何倍もの賃金を提示して引き抜いているのだとか。噂の範疇ではあるけれど、それなら皆お金が多い方に靡くに決まっている。確かこの前政府で優秀な人材を登用する――なんて話があったけれど、国家公務員になるのだから、それ程高い賃金は提示出来ないだろうし、それは最早システムが失敗していると言わざるを得ないんだろうな……。もし本気で優秀な人材を手に入れたいのなら、お金をケチっている場合ではないのだし。

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