第32話 茅場町駅(2)

 茅場町駅のホームを八丁堀方面に歩いて行く。するとそこに鉄格子があるらしい。いや、鉄格子があるとして、その奥になにがあるんだ? 鉄格子って、つまりそこを通さないように作っている訳であって……、そこの先には何かあるのだろう。


「鉄格子なんてそんな都合良く出てこないと思うけれどな……、って、え?」


 目を丸くしたのは、理由がある。ホームの端には階段があるのだけれど、その通路のところに鉄格子があったのだ。しかし、誰もそれについて目もくれず、普通に歩いている。だって、立ち入り禁止とかそういう看板もぶら下げていないんだぞ。鉄格子の向こうには、暗黒がただ広がっている――とかっこいい言い回しをしてみたけれど、実際は違う。通路が続いているだけで、その奥が暗くなっていて見えないだけだ。スマートフォンのライトを使えば奥も照らせるのだろうけれど、そんなことをしていたら怪しまれる。


「鉄格子の向こうを見ている場合じゃありませんよ。言ったじゃないですか、鬼門の都市伝説が具現化しつつある、と……。ということは、鉄格子の下に……ありましたよ!」


 鉄格子の下に、紙を敷いて盛り塩が置かれていた。綺麗に三角形に盛られていたその塩は、荘厳な雰囲気すら漂わせているように見える。


「……さて、これを蹴散らすそうですが……」


 お、おい。まさかほんとうに蹴散らすのか? もしやるとしたら、それは即ちこの都市伝説が現実になっている――ってことを意味しているんだよな。ということは、鬼門が存在していて、それを開けることが出来るってことなんだろう? それはあまりにも危険過ぎるような……。


「蹴散らしませんよ。なんでわざわざ危険を冒さないといけないんですか。あくまで今回やるのは、検証だけに過ぎません。けれど……、おかしいですね」

「何が?」


 何かおかしいことがあるだろうか。――強いて言うなら、この状況がおかしいと言えなくもないけれど。


「違います。そういうことを言いたいんじゃありません。わたしが言いたいのは……、どうして盛り塩が元通りになっているのでしょう?」


 盛り塩が――元通りに?

 つまり、盛り塩を蹴散らした存在が居るということか?


「だって、このVTuberは鬼門の開け方を検証したと言っています。怖い物知らずの眉美さんが、実際に鬼門の開け方を実践した、と……。けれど、その後に何もなかったことから、鬼門の開け方はデマであると自らが証明してみせた――はずだったのです」


 はずだった?


「言いましたよね、ロンファイン事件のこと。……彼女はロンファインに殺されています。ロンファインが存在していたという証拠があるとは言い切れませんが……、少なくとも彼女の死に方もロンファイン事件で死んだ人達に沿った死に方だったということなのです。あくまでわたし達視聴者が知り得る情報は、断片的なものでしかないのですけれど」


 断片的――か。しかし、それでも情報を得ておいた方が良いだろうな。何かしら情報を掴んでおけば、そこから色々と検証したり仮説を立てたりすることが出来るのだから……。それを証明することが色々と難しいのだけれど。


「眉美さんは蹴散らした動画をアップロードしています。一応、流石に東京メトロは関与していないようで、実際の駅の動画を出した訳ではなくて……合成した映像だったようですけれど。ロンファイン事件が現実の事件であると認識されているならば、鬼門を開けた状態でなければならない――そう思いませんか?」


 成程。つまり六花の言っている疑問は、本来盛り塩が存在するようになってしまったのならば、多くの人が目撃しているであろう盛り塩が蹴散らした状態でなければならない――ということか?


「その通りです。……もしかして、わたし達の他にこの『あやかし』を認知出来る存在が居る? いや、『あやかし』の存在を認知出来るとして、そのままだと格好の餌食です。何故なら、彼らは認知している存在を餌とみなして襲いかかってくるからです。それらを排除し続けなければ、生活することもままならない。それが現実的に有り得るのかと言われると……、わたしはそうは思いません。わたしはこの雪斬が居るから何とかなっていますけれどね」


 つまり、常人ならば『あやかし』に認知された時点で長時間生きていけない、ということか。何とも厄介な存在だな。都市伝説にもそういう類いのものがあったような気がするけれど、もしかしてそれってそういうものを暗示していたのかね。


「わたし達のような存在が居るとして……、『あやかし』に力を貸している存在が居るということになるのでしょうか。だとしたら、それは厄介ですね……」

「何故だ?」

「雪斬は、『あやかし』を斬ることが出来ます。ほかのものは切れません。……そう考えると、石川五右衛門の刀より切れるものが少ないでしょうね」


 そりゃあ、かなり無骨な存在だな……。『あやかし』というのは、この前の『開かずの605号室』みたいなものを言うのであって、今回の鬼門もそれに該当するのだろう。要するに、幽霊やエクトプラズムのように――目には見えているけれど、実体化していない代物のことを言うのだと思う。つまり、そういうものは普通の刀じゃ斬ることも出来ないし、銃で撃つことも出来やしない。雲を掴むようなこと、とはまさにそのことを言うのだと思うけれど……、実際そういうことなのだろう。


「そいつが『あやかし』ではない保証もないよな? つまりぼく達のような人間という可能性だってある訳だ。もしそうだとしたら、それは――」

「それも、確かに考えられますね。けれど、それも可能性の一つにしか過ぎない訳で……。でも、盛り塩をこのようにしたのは、いただけませんね。もしかして、誰かが見に行った時に変な誤解を与えるためなのでしょうか?」


 変な誤解?


「ええ。つまり……、眉美さんが亡くなった後この盛り塩が元に戻っているのを一般の人が発見したらどう思います? 確実に、この死と結びつけることになりますよね。そうなったら、ますますこの都市伝説を真実だと信じ込む人が増えてくるはず。それが、相手の狙いだとしたら――」


 つまり――都市伝説を現実のものにするために動いている、と?


「都市伝説を現実にすることで、何をしようとしているのか……。わたしには分かりません。けれど、それは確実に悪いことだと思います。だって、人々に怪我をさせるかもしれないんですよ。鬼門があると分かったら、そこを忌避する人も居るでしょう。そうなったらイメージが低下します。そして盛り塩を蹴散らそうとする人が出てきたら――」


 鬼門を開けたとして、呪いを振り翳す。

 さながら、平将門公の首塚の如く。


「そうです。それだけは何とか阻止しなければなりません。現実の存在ならともかく、存在しなかった都市伝説によって呪い殺される人が増えるなんてことは……、あってはならないのですから」


 でも、それを見ることって出来ないよな?


「申し訳ありません。それは難しいですね……」


 六花は頭を下げてそう言った。

 別に謝ることでもない――けれど、都市伝説を現実にしようという悪しき存在が掴めない以上は仕方がないのかもしれない。


「その存在を見つけない限り、わたしはこの事件を解決したと言えません。それは……師匠との約束ですから」


 師匠?

 サムライにも師匠が居るのか。


「別にわたしは最初から『あやかし』退治が出来た訳ではなくて……、師匠と言える存在が居る訳です。以前、お話ししませんでしたっけ?」


 したような気がするし、しないような気がする。ぼくは記憶力が悪いんだ、すこぶる。


「胸を張って言えることでもないと思いますけれど……、それについてはいずれ話しましょう。ともかく、おっかない人ですよ。彼女は」


 彼女――というのだから女性には間違いないのだろうな。

 そんな軽口を叩きながら、ぼく達は捜査を再開することにした。

 何故なら鬼門を開けるための条件と言われている盛り塩は、未だ残っているのだから。

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