第12話 ロンファイン事件

「都市伝説が伝播するのって、多分ネットが流行っている今だからこそ最速を更新していると思うんですよね。知っていますか? 新宿に蔓延る『ロンファイン事件』ってやつ」


 聞いたことないな、初耳だ。そんな都市伝説ほんとうにあるのか……。


「最初に出回ったのは、あるネット動画なんて言われていますね。ツイッターを使ったとも言われています。わたしは知りませんけれど、なりきり? みたいなのがあるらしいんですよね。そのキャラクターになりきって呟くらしいんですけれど、それの何処が楽しいんだか……」


 それ、結構な方面の人に喧嘩売ってない?


「そのなりきりが何で都市伝説を?」

「そのなりきりは、オリジナルキャラクターのなりきりだったんですよ。女子高生バンド……だったかな。まあ、コンテンツとしてはありがちかと……。昔もそういう漫画があったらしいですから」


 揚げ物の名前がペンネームなのに、その揚げ物が食べられないだとかそういう人だったかな、確か。


「知りませんよ、何でそんなこと知っているんですか……。まあ、その漫画は置いておくとして、女子高生バンドとは言いますけれど……、実際はそこに存在しない訳ですよ。けれど、彼女達……そのバンドはそこに居るように思わせた。代替現実、とでも言えば良いんでしょうかね。その存在が文化祭をやるなんて話もありましたね。文化祭のページも作っていたらしいですよ、確かドメインもわざわざ取って。あれって結構大変なんじゃないですかね。詳しい話は知りませんが」


 知らないのかよ。お前がちゃんと調べていることなら、それぐらいは理解しておいた方が良いんじゃないのか。


「……で、その女子高生バンドは実際に歌ったのかよ?」

「さあ? でも、歌ってみた動画は上げたらしいですよ。結構上手いんだって言ってましたね」

「他人事ってことは、聞いたことはないんだな?」

「調べただけですからねえ。でもまあ、そこそこの人気だったらしいですよ。ただ、そこで終わっていればただの女子高生バンドだったんですよ。わざわざ退魔士が出しゃばる話でもない」

「……確かにそうだよな? さっきまで聞いていると、その女子高生バンドを偶像崇拝する輩が出てきて現実に現れたのかと思ったけれど……、そうでもなさそうだし」

「それならもっと平和に解決しています。……問題はここから。数日後、彼女達は新宿区に伝わるある都市伝説を調べるようになるんです」


 ああ、ここからが本題って訳ね。


「で、それがさっき言った『ロンファイン』って奴? それって何なんだ、いったい」

「それが分からないから困っているんですよねえ」


 ……え?

 今、分からないって言ったよな?


「ええ、言いましたよ。全くもって、正体が掴めないんです。三十三年前に若者の間に伝わった都市伝説――ってところは判明しているのですが、肝心のロンファインが何だかは分からない。一説にはパズルとも言われていますし……」

「パズル? 謎解きが関わってくるってことか?」

「何処までほんとうなのかは分かりませんよ。けれど、パズルが入っているんじゃないかって噂はあるんです。三十三年前に学生の間で噂になったパズルがあるんです。それがロンファインじゃないか、って」

「そのパズルは……どういうものなんだ? ネットは……ないことはないだろうけれど、流石に記録としては残っていなかったりするのか?」

「ええとですね……、それが全然分かっていなくて……」

「分かっていない……って。どうやって、その女子高生バンドは調べようとしたんだよ。何かきっかけがあったから、そういうことを始めたんじゃないのか?」

「きっかけは簡単です。……三十三年前に起きた不可解な自殺がまた起きるようになったからです。最近、早稲田駅で人身事故があったのは覚えていますか?」

「えっ……? まあ、でも珍しくないよな……、人身事故の一つや二つぐらい起きるだろうよ。月曜日の朝なんか、憂鬱になったサラリーマンがやりやすいなんて聞いたこともあるし」

「その人身事故に『ロンファイン』が関わっている、と言われています。何でも、ロンファインはそのパズルを解き明かすことで、身の毛がよだつ程恐ろしい事実を目の当たりにすることによって死に至る……なんて言われているぐらいなんです。何処までほんとうかは分かりませんけれどね。自殺ということだけなら、あんまり珍しくはないのですけれど……。ただ、その回数がちょっとだけ多いんですよね」

「多いって……どれぐらいなんだよ。月一件とか?」

「九日に一度です。つまり……、月に換算すると、三件から四件といったところでしょうか」


 そりゃ多いな。

 警察も調査しないのだろうか?


「勿論、警察も調査しますよ。けれど、彼らには……全く共通点が見当たらない。いじめを受けたという痕跡もなければ、自殺サークルのように同調圧力があった訳でもない。だから、当然事件は迷宮入りしてしまう訳ですけれど……、そこに女子高生バンドは食いつく訳です。その事件を調査してみよう、って」


 少年探偵団の真似事をした、という訳か。

 ……あれ? でも、これってネット動画が由来って言っていたような……。つまり、この話も嘘ってことになるのか?


「勘が良いですね。……ええ、そうです。これは全てフィクション。あくまで、彼女達というキャラクターの居る世界で、彼女達が認知した都市伝説。……ロンファインなんてパズルは現実に存在しなければ、それが呪ったという事実も生まれません、普通ならね」

「何かいちいち引っかかる言い回しをしてくるな……。それが具現化した、って言いたいのか?」

「ええ、そうです。彼女達が事件を追ううちに、一人の女子高生が自殺しました。それだけで解決すれば良かったものの、呪いはバンド全員にも降りかかっていき……といったところでしょうか」

「そのコンテンツはリアルタイムで進行しているってことか?」

「ええ。そうですよ。見てみますか?」


 そう言って、六花はテーブルの脇に置かれていたタブレットからある動画を見せてくれた。それは女子高生バンドが自らに起きたことについて語っていることだった。とはいえ、あくまで仮想現実での出来事であるから――彼女達はキャラクターとして描かれているだけに過ぎなかった。しかし演じているのはプロの声優なのか……、何処か鬼気迫る感じがあった。そして、最後にはいくつかの謎が提示されて終了する。


「……で、これをどうするつもりなんだ。この都市伝説、具現化していることで……どうやばいんだ?」

「簡単に言ってしまえば、今回のパターンだと……実際にロンファインが人を呪い殺しかねませんね。あくまでもネットの間で創作として出回っていた噂だったけれど、それを多くの人間がリアルタイムで追いかけるようになったから、それについての正当性も生まれてしまった、ということです。まあ、どうやるかはこれから試してみますけれどね」


 六花は立ち上がる。


「試す?」

「動画の最後にあった謎……、覚えていますよね? あれ、既に解かれているんですよ。だから、わたし達も向かってみようと思う訳です。その謎解きに。そして……、ロンファインを退治するために。勿論、ついてきてくれますよね?」


 乗りかかった船、とはこのことを言うのだろう……。ここまで来たら、やるしかない。ぼくはそう思いながら、深く溜息を吐いたのち、ゆっくりと立ち上がるのだった。


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