第11話 令和最悪の都市伝説

「本題……と言っても、そんな難しい話ではないのですけれど、あなたが『あやかし』の妖気に触れたことで、『あやかし』を視認出来るようになってしまった……ということですね。そのことについてです。普通なら、妖気から離れれば、『あやかし』の存在に気付くことはなくなるのですけれど……」

「けれど?」

「ごく稀に、『あやかし』の妖気に慣れてしまって……、『あやかし』の存在を常に視認出来るようになってしまうことがあるんです。それによって色々な問題が生じまして……」


 何だろう。何か嫌な予感がする……。


「『あやかし』を常に視認出来るということは、『あやかし』にとって取り憑きやすい環境であるということ。彼らにとっては、媒体が欲しい訳ですから、それにはうってつけの存在な訳です。……それでいて、操り易ければもっと良いでしょうしね」


 何か馬鹿にされているような気はするのだが……、気のせいだと思っておこう。ポジティブに考えよう。


「で、その乗り移り……ってのがあるから危険だってことか? よもや、ぼくがその『常に視認出来る存在』になったと?」

「そうでなければ、こんな話は致しませんよ。……まあ、理解出来ないのも受け入れられないのも分かります。誰しも、自分が関わってこなかった世界にいきなり関わるようになると、自分が今何をするべきでどうしなければならないのかということについて、簡単に解釈出来なくなりますから。でも、これは絶対。受け入れなければ、あなたが死ぬ。死ぬだけなら未だ軽いかもしれないけれど……、例えば怨霊に取り憑かれてしまったらどうなるか? 答えは言わずもがな、ですよね。他人を巻き込んで……、下手したらこの国や世界すらも巻き込むことだってあるかもしれない。そうなったらわたしみたいなフリーの退魔士には手が負えず……、虚数課と呼ばれるような専門の部隊にお力添えを頂くしかなくなります。最早その時には猶予なんて与えられず、肉体ごと封印か消滅の何れかになりますけれど」


 いや、簡単に言っているけれど、簡単に片付けて良い問題でもないだろ……。ぼくがもしかしたら肉体ごと封印か消滅するかもしれない、ってことなんだろ。それを他人事で片付けるのは……。


「だって他人なんですから、仕方がないでしょう」


 一蹴された。

 もっと未練がましく、言い訳を並べ立ててくれれば良かったのに――それすらやる必要もないということか。


「でもまあ、そのまま投げ棄てることは出来ますけれど、それをしないのが退魔士です。普通の人間なら手に負えないからさっさと見捨てるのが一番なんでしょうけれどね」


 つまり、見捨てることはしないって言いたいのか?


「まあ、そうなりますね……。見捨てることは簡単ですよ。それからのことを何も考えなくて良いんですから。首を突っ込んだなら、事件の最後まで向き合わなければならない……。それは、退魔士のルールであり絶対不可侵の盟約です。それを守れない退魔士が居るとするなら……、まあ、実際には居るのでしょうけれど、退魔士失格でしょうね。存在している価値すらない」

『……こいつは昔、師と崇めていた奴が守っていた規則らしいのだよ。細かいことは分からないが、まあ、言いたいことは分かるだろう?』


 そりゃあ、まあ。

 でも、それって現実的に考えると難しいことではあるよな……。誰だって、余裕さえあれば助けたいとは思うだろうよ。けれど、この時代、そんなに他人を助けられる程余裕のある人間は居ない……。居るとしたらそいつは立派な聖人で、崇め奉られるべき存在なのだろうな。


「まあ、確かにそうですよね。わたしだってそう思います。平気で他人のために悩むことが出来る人間が、どれだけこの世界に居ることか……、考えただけで眩暈がしそう。当たり前のことではあるのですけれど、それが実現出来ないのですから、人間の世界って如何に歪んでいるのか……」

「まあ……、でも、言い分としては間違っちゃいないよな。それについては否定するつもりはないし。否定しても、結局そうなってしまっているんだからな。行動が一番分かりやすい結果を生み出すのだろうけれど」

「そうなんですよね。そして、厄介なことに……、こういう都市伝説の類って増え続けているんです。『あやかし』自体も、それに比例して多くなっています。やっぱり理由に挙げられるのは……、ネットの台頭でしょうね」


 ネット? どうしてそれがまた……。もしかして、簡単に話を流布出来るようになったからとか?


「まさしくその通りです。……ネットには、詳しいことは分かりませんけれど、掲示板だとかツイッターやラインのようなソーシャルネットワーキングサービス、個人サイトなど様々な伝達手段があるでしょう?」


 詳しくないとか言っているくせに、まあまあ詳しいじゃねえか。


「まあ、わたしが今調べている事件にその類がありましてね……。それの話をしていた、って訳です。あなた、動画は見ますか?」

「何だ、藪から棒に……。動画って、ネットで無料で見られる動画サイトのことか? それとも、サブスクで色々昔の話題作や最新の映画が見られるサービスのこと?」

「前者です。……あれは、結構危ういところがあるんですよ。誰だって動画をアップロード出来るし、誰だって動画を見ることが出来ますよね。それってつまり……、例えば呪いの類を動画に封じ込めて、誰かがそれを投稿したら、それが全世界に広まってしまうことだって有り得るんですよ」


 確かにネットというのは、常に全世界に広がっている。地球の真裏に住んでいる人間とも、殆ど遅延がない状態で通話が出来るのだから、昔から比べると飛躍的に技術が発達したと言えるのだろう。

 しかし、やっぱりそれにはデメリットもあって……、要するに早く回り過ぎてしまうのだ。致死性の毒を流したらあっという間に死に至るように、ネットのスピードというのは計り知れないものがある。仮にそれを悪用する輩が現れるとしたら……。


「現れる、というか既に出て来ているんですよ。そしてそれは、最悪の形で現出しようとしている……のかもしれない。令和最悪の都市伝説、とは言ったものですね」


 ネットが流行る前でも、何でこういう話が全国に広まっていたんだろう――みたいなエピソードは多くある。都市伝説みたいな大きなカテゴリーから、ゲームの裏技のような小さいカテゴリーまで――そのジャンルは幅広い。そして、そのジャンルが実際どうやって全国に伝達出来たかというと……、多分『引っ越し』が関係してくるのだと思う。

 当時は家族を省みない会社が多かったのか、転勤は頻繁にあったようで、転勤族なんて揶揄される――実際にそれ以外の呼び名が見当たらないけれど――ことだってあったのだ。ひどい時は一年に一回、それ以上の転勤だってあったようだが、単身赴任をするケースもあれば家族も引っ越しというケースも見受けられた。もし後者だとしたら、当然子供も転校ということになるので、コミュニティを一から形成し直さなければならない訳だが、新しい場所では既にコミュニティが形成されているのが常ということもあり、結局のところ、馴染めずに過ごすケースもある。

 では、そうでなければどうなるか――ということだが、そこでは他愛もない話が繰り広げられるのだろう。それこそ都市伝説やゲームの裏技など、自分の知っている知識をそれぞれに提供する。子供の会話はそうやって成り立っていく。そして――都市伝説などもそうやって伝播していくのだ。

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