第13話 ジョン

「実はあの謎は有志によって既に解かれていましてね……。だから、わたし達はそこへ向かうだけで構わないのですよ」


 東京の都心には、全部で十三本の地下鉄路線が走っている。一番古いのは銀座線の一部であり、百年以上前に開通したと言われている。百年なんて途方もつかない年数ではあるけれど、戦争を生き残ったと考えると途端にその凄さが分かってくる。戦争をする前から、この国は地下鉄を走らせていたのか……。だって大政奉還から五十年ぐらいしか経過していないんだぞ? どれほど科学技術がブレイクスルーしたらそうなるのか。もしかしたら、神が悪戯でもしたのかもしれないな。ぼくは神なんて全く信じていないけれど。

 その地下鉄の中で一番深いところを走っているのは、どの地下鉄だろうか――という質問を聞いてぱっと思いつくのは、ゆめもぐらとも知られている都営地下鉄大江戸線だろう。かつては光が丘から都庁前までしか走っていなかったのだけれど、それから環状線部分が出来上がって、東京唯一の環状運転をする地下鉄路線となった。とはいえ、ずっとぐるぐる回っているのではなくて、環状線の起点にあたる都庁前駅で折り返し運転をしているために、あんまり環状運転をしているイメージはない。線路自体は繋がっているようだけれど。


「それにしても、この地下鉄って車体が小さいですよね……。地下鉄だから猶更息苦しい感じがして」

「そりゃあ、当時の財政があんまり宜しくなかったから、コンパクトにしようっていうことになったんじゃなかったっけ? リニアモーターカーの仕組みを使っているからあんまり人を乗せられないみたいな話を聞いたことがあるけれど、何処までほんとうなのか分かったものじゃないな」

「ふうん……、そうなんですね。わたしはあんまり東京のことは詳しく知らないんですよねえ……。ずっとここに住んでいた訳でもないので」

「生まれは何処なんだ?」

「福島ですよ。確か、曾祖父が福島に引っ越したらしいんですけれど。昔は江戸に住んでいたって胸を張っていましたね。旗本じゃなくて浪人だったらしいですけれど」


 浪人ね……。今では昔と違うニュアンスで伝わっているのがどうなのかなと思ったりする訳だけれど、別にそんなこと気にした覚えもないしな……。それが良いかどうかなんてあんまり気にしたこともないし。


「東京の話をしてくださいよ。東京は今年オリンピックをやるんですよね?」


 そんなことを都知事もオリンピック委員会も国も言っていたけれど出来るのかねえ。爆発的――ではないにせよ、今だって感染症は広がっているんだ。余波は収まったとはいえ、テレビでも連日感染者数を発表しているぐらいだし。それしか報道することがないのかよ、ってツッコミを入れたくなるぐらいだけれど、本来やるべきスポーツやエンタメが軒並み延期や中止に追い込まれたのだから、致し方ないよな。そういえば、先週の映画ランキングはどうだったっけ? 未だあの映画がやっているんだったかな……、鬼殺しの刀みたいな名前の映画。


「そんな物騒な名前の映画が流行っているんですか?」

「流行っているとか流行っていないとか……。まあ、そんな感じだよな。感染症で映画館もソーシャルディスタンスを保て、なんて言われていた矢先のその映画が爆発的に大ヒットして、映画館も大いに潤ったなんて聞いたことがあるし。二十年前に出てきた三百億円という途轍もない壁が壊される……なんて連日報道していたっけな。どうだったかな、超えたんだっけ? 最近はネットニュースに疎くて困るな……」

「……さっきから思ったんですけれど、どうしてあの場所に居たんですか? 感じからして都市伝説とかあんまり興味なさそうですけれど……」


 何でだろうねえ。

 悪友に連れてこられた、ってだけかもしれないな。


「それって一番面倒臭い考えだと思うんですけれど……。だって、自分の考えを全く持ち合わせていないってことですよね? そういう考えって全然悪いと思うんですけれどねー。ゆとり世代というか、何というか……」


 そんなことを言ったら六花だってゆとり世代だと思うのだけれど。

 ぼくより年下か同い年ぐらいだろ、きっと。


「何ですか、年下か年下じゃないかで判断するんですか? だとしたら、最悪ですね。軽蔑します。尊敬もした記憶はありませんけれど」


 この短期間で尊敬される方が逆に怖いよ……。普通尊敬というのは時間をかけてじっくりゆっくりしていくものではないのかな? いずれにせよ、ぼくと六花では未だそういう関係すら構築するのは不可能な気がするけれど。


「ところで、名前をお聞きしていなかったようなきがするのですけれど」


 名前――そう言えば言っていなかったかな。名前なんてあまり気にしたこともない。だって、家族からはニックネームで呼ばれているのだ。自分の名前が小難しいから、と言っていたのだけれど、だったら命名する時にその名前を使わないで欲しい。まあ、例示されていた名前をそのまま書いてしまってそれを名前として登録されてしまった悲しき事例は聞いたことがあるけれど、そういう類いではないのだから、きっと家庭裁判所に行ったところでぼくの名前は変更されないのだろう。


「……名前は未だない、ってことですか。ふむふむ」

「昔、千円札になった人の作品じゃないんだから……。だから、ぼくは皆にこう呼ばれているのさ――」

「おっ、ジョンじゃん」


 ――そうぼくが言おうとしたその時(はっきり言って、自分で自分のニックネームを言うのって、結構恥ずかしかったりするんだぜ?)、聞いたことのある声が、ぼくの耳に届いた。

 振り返ると、そこに立っていたのは、クラスメイトの湯布院だった。


「……あり? 今日はいつものあいつは居ないのかな?」


 茶髪で整髪料をつけていかにも遊んでいますオーラを醸し出している湯布院だが、このギャルっぽい見た目で成績優秀というのだから、人は見た目によらない……。普通、頭が良いのは委員長キャラのお下げ頭に眼鏡をかけた感じが定番じゃないのかね?


「何だよ、その定番って。……で、こちらはどなた? 今、デートでもしていたのかな? いやー、ジョンも隅には置けないねえ。でも、テストは大丈夫なのかな?」

「勝手に人の行動を想像するな。……ええと、こちらは友人だよ。友人」


 ついさっき出会ったばかりだから、知り合いと言った方が良いのかもしれないけれど。

 あれ? 知り合いでも微妙なスタンスだったりするかね?


「友人ねえ……。ジョンも城崎以外に友人が居るなんて知らなかったな。お前もちゃんと友人関係構築出来ているんだな。てっきり人間強度が下がるとかどうとか言って友人を作りたがらないのかと思っていたよ」


 結局それって後で本人が黒歴史だと思っていなかったっけ……。まあ、それはさておき――湯布院はどうしてここに居るんだ? これに乗っているということは、都庁前に向かおうとしているのか?


「小田急に行こうかなーって思っていたんだよね。ほら、ちょうど北海道物産展がやっているんだよ、知っていたかな? わたしはそこで必ず購入するんだよね、マルセイバターサンドを」


 マルセイバターサンド――確かバタークリームにレーズンが入っていて、それをビスケット生地で挟んだサンドのことだったかな。確かあれは美味しいけれど、別にわざわざ物産展で買わなくてもインターネットで通販とかして買えたりしないものかね?


「分かっていないなー、ジョンは。物産展の独特な雰囲気を味わって買うのが一番なんでしょうよ。松前漬けも美味しいし、海産物だって美味しいし、じゃがポックルも売っているしね。じゃがポックルは新千歳空港に行かないと買えないんだったかな? わざわざそのために飛行機使うのもねー。このご時世、ソーシャルディスタンスが五月蠅いし。特に北海道と東京は感染症の感染者が一時期めちゃくちゃ多かったせいで、今も目くじら立てている人が多いからねー。出来ることならまた旅行にも出かけたいものだけれど……」

 

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