第7話 あっけない結末

 部屋はひどく荒らされていた。そりゃ、廃墟になっているんだからそれぐらいは仕方ないのだけれど……、どれぐらいの年月が経過しているのだろう? 実際、その辺りは区役所の職員だって分からないところもあるのだろうか。それだったら簡単に色々と言うことは出来ないのだけれどね。

 部屋の奥に進むと、少女が壁に叩きつけられたのを目の当たりにした。


「おいっ!!」


 城崎は急いで彼女に駆け寄ろうとする。

 だが、


「……っ! どうしてここに『一般人』が居る訳!? わたしの調査が正しければ、ここには誰も立ち寄らないはずだったのに……!」


 彼女は舌打ちをしながら、こちらを睨み付けようとする。

 だが、それも一瞬だった。

 彼女の目の前から襲いかかってくる――黒い『霧』が彼女を包み込もうとしていた。


『油断している暇はないぞ、六花!』


 何処からか声が聞こえる。……もしかして、二人居るのか? それとも、ハンズフリーの携帯電話でもかけているのか。いずれにせよ、そこに居るのは彼女ただ一人のはずだった。

 あとは、霧。

 何もかもを吸い込んでしまいそうな、暗黒。

 そして、それは――今まで経験したことのないような、憎悪。


「これは、一体……」


 刀で霧を弾いて――そもそも空気と同じようで実体のない霧を弾けるのだろうか――、少女は呟いた。


「あれは、『妖気』ですよ」

「妖気?」


 何かを入れる箱では……なさそうだな。

 ここで冗談を言っている場合でもなさそうだし。


「簡単に言ってしまえば、怪しい雰囲気……とでも言いましょうか。それが具現化した物です。どうやって具現化するのかと言うと小難しい話になりますけれど……、例えば都市伝説やフォークロアなどと言った実際には何か。今までは形作られなかったはずなのに、それを信じる人間が増えることによって、実際に存在するようになってしまった何か。それを、妖気と言っています。そしてあれを作り出したのは……」

「……『開かずの605号室』、ってことか?」


 少女は頷く。

 確かにこの都市伝説は、ぼくが生まれるずっと昔から存在していた都市伝説だ。ともなれば、記憶している人間も多いだろうし、その人間が多ければ多いほど流布する人間も増えていくはず。となると、その数は月日を重ねるごとに雪だるま式に膨れ上がっていくはずだ。

 もし、それがイコール強さに変化していくというのなら……。


「おや、鋭いですね。ご明察ですよ。……人が信じれば信じるほど、その強さは増していく。例えば、バチが当たるかもしれませんけれど、天照大神なんかは最強でしょうね。何せ、日本人の殆どが認知している訳ですから。そういう存在を何とかするのが――」

『話の途中悪いが、あちらさんは待ってくれないようだぞ』


 再び、声がする。

 もしハンズフリーだとしたら、結構なボリュームだな……。イヤホンを付けているはずだろうけれど、それだけ大きな声を聞いていたら耳が痛くなったりしないのだろうか? 普通はボリュームを下げて……、あんまり他人に聞こえないぐらいのボリュームにするよね。


「それはまた追々話しましょう。話せる時が来たら、ですが……! 先ずは、こいつを何とかしなくては!」


 霧は、その形を大きな獣に変えていた。

 二本足で歩く、大きな黒い獣。それはまさしく、クマのようにも見える。


『身体を大きく見せれば何とかなると思ったのだろうが……笑止!』


 そういえば、さっきからこの声の主、言い回しが所々古臭いような気がするけれど……、年齢は結構上なのかな。どういう関係性なのか気になる。


「……分かっているよ、雪斬! でも今はちょっと黙っていて!」


 雪斬。何かのコードネームだろうか? 本名ではないだろうし……。


「ごめん。今はちょっとスルーさせてもらうよ。それに、……これぐらい雪斬で一発だ!」


 そう言い放って。

 襲いかかってくる霧の獣に、刀を構えるだけで立っている少女。

 いや、いやいや、どう考えたってそれでクリア出来る訳がないだろう!

 だからと言って、手助け出来る訳でもないし……。


「行くよ、雪斬!」

『おうよ!』


 一瞬だった。

 霧を切り裂く――いや、だじゃれのつもりではなく、文字通り切り裂いた。

 刀の一閃は、空気を切り裂いただけではなく、その霧さえも切り裂いたのだった。


「……他愛もない」


 少女はぽつりと呟いて、刀を仕舞う。

 霧は消えて、月光がベランダから降り注いでいた。

 もう夜になったのか――とぼくは思ったけれど、それ以上に目の前で起きた出来事について、消化出来なかったのが現状だった……。あれは、何だったんだ? はっきり言って、非現実そのものだった。それを現実として受け入れろと言われても、受け入れられる訳がない。はいそうですか、と言って受け入れられる程、未だ柔軟に対処出来ないのだ。


「対処出来るか出来ないかと言われて、この状況をすんなり飲み込めるのはどうかと思いますけれど……、取り敢えずこちらをどうぞ」


 少女はポケットから財布のようなケースを取り出すと、そこから一枚の紙片を取り出した。

 紙片というよりは、名刺のような感じ。

 そしてそこには、質素に文字が書かれていた。

 三橋妖魔相談所所長、三橋六花。


「妖魔……?」

「そこに住所と電話番号が書いてありますから、後日来て下さい。色々とお話ししておきたいこともありますから。では」


 そう言って――正確には言葉を押しつけたような形で――彼女はもう開かずの605号室とは似ても似つかなくなってしまった605号室を後にした。

 残されたのはぼくと、いつの間にか気絶してしまっている城崎だけだった。

 そういやこいつはああだこうだ言っている割りには怖がりだったな……、なんてことを思い返しながら、先ずは気絶している城崎を起こすことにするのだった。

 色々混乱しているところもあるのだけれど、取り敢えず今は横に置いておく。

 何故なら時刻はもう夕方をとうに過ぎている。学生の身分で夜遊びは宜しくないので、急いで帰らなければならないのだ。そうしないと、家族からの説教タイムが膨れ上がるばかりだから――その近い未来に落胆しつつ、ぼくは六花から貰った名刺をポケットに仕舞い込んだ。


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