第二章 令和最悪の都市伝説

第8話 喋る日本刀


 三日後、ぼくは予定通りある場所にやって来ていた。新宿の繁華街から少し外れた場所にある雑居ビルだった……。どうしてこんな場所にやって来る必要があったのかというと、それこそ三日前に出会ったあの少女――三橋六花が関係してくる。

 令和を生きるサムライ少女は、てっきり田舎の山奥でのんびり暮らしているものとばかり思っていたけれど、ところがどっこい、東京のど真ん中にある雑居ビルに事務所を設けているようだった。

 というか、妖魔相談所とか言っていたよな――、確かにビルの看板にもちんまりと三橋妖魔相談所と書かれている。こんなの、普通に見たら胡散臭い宗教か何かだと勘違いしてしまうような気がする。ぼくだってそう思うからだ……。妖魔という単語自体あんまり日常生活では聞き慣れない言葉でもあるし、その言葉を使うような人間が未だに居るかと言われると少々疑問なところもある。

 因みに、もう一人やって来るはずだったのだが……、城崎は今日はお休みだった。理由は宿題が終わらないからだそうで、一人で行っておいてくれと言伝を頼まれてしまった。いや、それで問題ないのだろうか……。ぼくとしては、やはりあのとき一緒に居たという訳で二人組がセットになっているべきなのだと思うのだけれど。もし、そこで逆上されたりしたらどうしよう。

 人は見かけによらないのだし、その辺りの覚悟はしておいた方が良いのかもしれないな……。

 階段を登ると、二階のドアにも磨りガラスにそう書かれていた。


「……何度見ても変な名前だよな。妖魔相談所って……」


 ノックをすると、室内からどうぞーと声が聞こえてきたので、ぼくはそのまま入ることにした。

 事務所の中は小綺麗に纏まっていた。女性が所長を務めているのだから、当然といえば当然か……。実際、女性でもずぼらな性格の人だったら、部屋が汚いなんてことは結構有り得るのだろうけれど、今回はそのパターンに当てはまらないようだった。それはそれで安心。あそこではしっかりとした性格に見えたのに、実は見えないところではずぼらでした――なんて言われたらそれはそれで困る。裏表が好きな城崎からしてみれば、大好物なのかもしれないが。


「今日はお連れの方は居ないんですね」


 ソファに腰掛けていた六花は、日本刀を傍らに置いていた。いや、それ良いのか。銃刀法違反で引っかからないのかそれ。


「許可を貰っていますから、ご安心を」


 何処から許可を貰っているのだろう、東京都?


「もっと上ですよ。国……つまり日本国です。細かいことはここで言うのも何ですから省きますけれど……、国に認められないとこのように帯刀することは出来ないのです。まあ、当然ですよね。危険な物ですから。やろうと思えば、拳銃との戦いでも渡り合えちゃうぐらい」


 いや、それは無茶だろ……、主に距離的な意味で。


『果たしてどうかねえ。案外、日本刀と火縄銃では勝ち目があるやもしれぬぞ? 使う人間の腕がかかっている訳だからな』


 ……おや、この声。


「あの時、電話で話していた人もここに居るのか? ということは二人態勢で当たっているということか」


 その言葉を聞いて、六花は首を傾げた。何だ、何か変なことでも言ったか?


「何を仰っているのかさっぱり分からないのですけれど……、わたし、いつも一人で動いていますよ? この事務所もわたしのワンマン経営ですし。個人事業主って奴ですよね」


 ……いや。

 いやいやいや、何を言っているんだ? それこそこっちだってそう問いたい。ぼくは確かに昨日声を聞いたはずだ。六花だけではない、男の声を。少し言い回しが古臭い感じがした、あのハンズフリーの携帯電話で話していたと思われる人だよ。それにさっきだってその声がしたのだし……。


「ああ、それなら」


 納得したような表情を浮かべて、六花は日本刀を指差す。


「この子のことですね?」

「……は?」


 もう何というか……、目を丸くするしかなかった。呆れていると言っても良かった。これがぼくも聞いていなくて彼女しか聞いていない声だというのであれば、ぼくだって彼女が何かしらのイケナイ薬物をしているのかなんて疑義を持つ訳だけれど、しかしながらぼくも聞いているからそれは間違いなく違う。まあ、あの場で何かしらの薬物が焚かれていて、ぼくも六花もその影響を受けていた――なんて誤魔化すことも出来るかもしれない。ただ、そうなるとこの事務所にもそういう薬物がウヨウヨしているっていうことに繋がってしまうし、彼女を警察に突き出さなくてはならなくなる。ぼくだっていたいけなオンナノコをむざむざと警察に突き出すような真似はしたくないが、法の道を踏み外しているなら敢えて突き放すのも人情ってもんだ。諦めろ、六花。ゲームセットだ。


「いや、なに一人で完結しているんですか。この事務所にもあの部屋にもそんな怪しげな物はなかったでしょうよ。……だから、言いましたよね? 正解はこれですよ、って」


 と、言われましても。

 喋る日本刀ってライトノベルじゃあるまいし。


『それが現実に起きているというのだから、現実は侮れないものなのだよ。……何だったかな? 事実は小説より奇なり、だったかな?』


 ……今、明らかにあの日本刀が話したような気がする。正確には日本刀から声が発せられた、とでも言えば良いだろうか。日本刀にスピーカーでも付けてぼくのことを試しているんじゃないだろうな。


「何処にそんな人間が居るんですか。……それに、仮にその理論が正しいとしたら、わたしはこないだの時も日本刀にスピーカーを付けていたってことになりますけれど。普通に考えて、そんなものを付けて集中出来ますか。出来ないでしょう? ……つまり、そういうことですよ。ここにある刀は、妖刀『雪斬』。多くの主人の間を渡り歩いたとも言われていますが、わたしの先祖……江戸時代にサムライとして過ごしていたご先祖さまが雪斬と出会い、以後ずっと我が家が保管していました。しかしながら、全員が全員聞き取れる訳でもなくて……」


 え? そうなの?

 てっきり誰にでもこの声が聞こえるものだとばかり思っていたけれど――それはそれで色々と面倒臭いのかもしれないな。


「ええ、簡単に言うと……妖気を浴びることで、人間は『あやかし』の声を聞くことが出来るのですよ。ここで言う『あやかし』は非常に幅広く……、都市伝説やフォークロアが具現化したものから、古来より妖怪として伝えられてきたものまでとなっていますが……、この雪斬だって同じです」

「この刀も、妖気を出しているってことか?」

「フェロモンみたいなニュアンスで考えてもらうのが、一番分かりやすいかもしれません。人間だってフェロモンを出していますけれど、『あやかし』だって例外ではないのです。そして、そのフェロモンを浴びた人は様々な影響を受ける訳です。その最たる結果が、『あやかし』の声を聞くことです」

 

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