第6話 夢か現か幻か

「いや、どう考えても痛いだろ……。夢か現か確認する時に良く頬を抓るなんてことは漫画や小説とかで見るけれどさ、実際どうしてそんなことをやろうと思うのかね? 手軽に痛みを体感出来るから?」


 知らねえよ。そんなこと知ってたら益々ぼくはそんな行動に出なかっただろうし。それに頬を抓るのは古来からの慣わしみたいなものじゃないかな? 何処からそれが始まったのか分からないけれど……、案外調べてみたら呆気ない話だったりして。


「とにかく……、今はそんな与太話をするよりも、先ずはあの子を追い掛けるのが先なんじゃないか? 何をしでかすのか、一度見ておかないと。……しかし、ここまで来ると何となく予想がついてきたぞ」

「予想?」

「あの女の子が何でここにやって来たのか、ってことだよ。多分、これはぼくの予想だけれど……、あの子は都市伝説を調査しに来たんじゃないか? あの刀がちょっと常識から外れているけれど……」


 常識から外れている、という答えが正しいのかは分からないけれど。実際、あの刀の切れ味はおかしい。見た目通りの日本刀であったならば、せいぜい竹を割るぐらいしか出来ないような気がする。それがメチャクチャ切れ味が良かったとしても、そんな簡単に出来るものなんだろうか? この時代、刀鍛冶がまともに居るとも思えないし……。


「刀剣ブームってあったよな。あの時にこういう刀があるぞ! って話題になっていてもおかしくなさそうだけれどな。だってレーザーかよ、ってぐらい切れ味が良いんだぜ。そんな刀、現実に存在するのかよ……」


 そんなのぼくの知ったことではない。現実に鉄扉がこのように切れているのだから、あの刀はそういう切れ味があるんだろう。今目の前に映っているのが現実ではなく、例えば拡張現実による仮想空間であるとするならば、その答えについて一石を投じることも出来るのだろうけれど、それを言ってしまうとすべてを否定せざるを得なくなる。出来ることなら人間不信には陥りたくない。


「人間不信に陥るとか陥らないとか、そんなことは別に今言っていねえよ。……ただ、お前の言い分も頷ける。ここに映っているのが現実ではないという保証は誰にも出来ねえけれど、同時にここが現実であるという保証も出来ねえ。何だったっけ、それ……。悪魔の証明だったか? やったことは簡単に証明出来るが、その逆……やっていないことを証明するのは難しいって話だよな。まあ、確かに言いたいことは分かるけれどよ……。やったことは、自分の足取りなりを整理すれば足跡が残っているはずだ。だが、その逆を証明したかったら? そこに居なかったということを証明することは出来ない。何故ならそこに居たかもしれないという要素を消去出来ない以上、そこに居なかったと断言出来ねえからだ。……だから、今はその条件は省くとして……、やっぱりこれはあの日本刀でやった結果なのかね?」


 ぼくが知りたいよ、そんなことは。

 ただまあ……今ここで言ったって、何も議論が進まないのは、火を見るよりも明らかだった。ここでうだうだ話をしているうちに、部屋の中で何が行われているのか、って話になっちゃう訳だからな。

 だったら、考えを改めよう。

 考える前に行動してしまえば良い。

 ひどく短絡的な考えではあるけれど、効率的でもあるし、悪くないアイディアだと思う。


「だったら、さっさと行っちまおうぜ。早いに超したことはないだろ。急いで行かないとあのサムライ少女が何かやりかねないぜ。……もしかしたら、開かずの605号室の正体でも突き止めに来たのかも?」


 だとしたらお笑い種だな……。今まで区役所の職員とか団地の関係者――そもそも都営団地なのだからその二つは共通する人間になる訳だけれど――が今までここにやって来て、色々と調べていたらしいけれど、結局は答えを見いだせなかったって話らしいし。答えを探さないで、区民に近づかせないようにしたためにああ発表せざるを得なかったのかもしれないけれど、真相は闇の中、という訳だ。

 その迷宮入りした事案を、あの少女が――解決出来るのだろうか?

 正直、全然期待出来ない。


「まあまあ、そう言わないで……。案外良い働きしてくれるかもよ? 長年解決出来なかった『開かずの605号室』の謎が明らかになるかもしれねえんだし」


 長年っていつからだよ。全然記憶にないぞ。ぼく達が生まれる前からも、その都市伝説があったかということについては同意するが……。実際、ぼくの両親もここに住んでいた訳だけれど――ぼくが生まれた時からここに住んでいるのだから当然ではあるけれど――その都市伝説については聞いていたらしい。というか、ぼくが生まれる前から廃墟になっていたってことは、この建物結構古いということだよな……。

 おっと、そんな戯言を言っている場合ではなかったな。今はとにかくあの女の子を追いかけなくてはならない。理由はどうあれ、こんな危険な場所に一人でやって来ているのだ。保険は用意しているのかもしれないけれど、見た目からして危険性が下がったとは言い切れない。

 しかし、ストーキングというのは思ったより大変だ……。相手に気づかれたら一発アウトなのだから、その辺りはきちんとやっていかねばならない。見つかるとアウトというのは、何処かかくれんぼに近いニュアンスを感じるけれど、そんな生ぬるいものではないということはここまでやって来てとうに理解していた。城崎は未だワクワクの方が勝っているようで、そこまで論理的に話を纏め切れていないようだけれど。

 まあ、人の考えなんてそれぞれだ。ぼくが考えていることは、城崎にとって正しいこととは言い難い。逆に城崎の考えていることは、ぼくにとって正しいこととも言い難い。そういうバランスがあってこそ人間とは存在するべきであって、それが成り立たずに――つまり、一つの意見に対して皆がすべて同調するような世界であるならば――それは人間である必要はなく、ロボットに入れ替わられても何らおかしくはない、ということに繋がる訳だ。

 ロボットに入れ替わったところで、それが何になるのかなんてことは、最早机上の空論と言わざるを得ないのだろうけれど、一言だけ言うことがあるとするならば、人間より頭が良くなっていったら、ロボットはいったい何を考えるのだろうな。人間そのものに対して悲観して戦争でもおっ始めようなんて思ってしまうんだろうか。だとしたらぼく達みたいな非力な存在は即処分されちまうんだろうな。ああ、考えただけでも恐ろしい……。


「いや、それを今考える暇はないと思うんだが……。とにかく、さっさと追いかけねえと何もかも終わっちまうぜ。あの子が何をするのか分からねえけれど――」


 と、そこで城崎の言葉が中断したのには訳があった。部屋の奥から、刀が何かと当たったような――そんな金属音が聞こえてきたからだ。ぼくとしてみては、どうしてそんな音が鳴ったのかは、想像に難くなく、恐らくあの日本刀を何かにぶつけたからだろう――そう推測することが出来た。

 でも、いったい何をぶつけたのか?

 もしかして、ぼく達が想像しているよりも――想像出来ないぐらいの『何か』が存在しているのか?

 城崎は走っていた。ぼくも、そうなったら追いかけるしかない。

 とにかく今は、あの子が無事かどうかを――確認せねばならないのだ。

 自分達に何かを退治することなんて、全く出来やしないのだろうけれど。


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