第5話 まるでチェーンソー

 閑話休題。そんなことを長々と語っているところで、あんまり時間は残されていないのだと思い知る。実際、ぼくも城崎も門限というのはある訳だし、その門限を一分でも破ってしまうと、家族に怒られてしまう。それこそまるで区々を壊し火を噴くゴジラのように。

 ゴジラは火を噴かない、って? シン・ゴジラで思いっきり東京を焼け野原にしていたじゃないか。内閣総辞職ビームだったっけ? あれ考えた人才能あるよな。滅私奉公ビームも見習って欲しいよ。


「そんなビーム聞いたことねえんだけれど、それ何の作品に出てきた?」


 あれ? 違ったかな?

 実際はもっと違ったような気がする――墾田永年私財法みたいなネーミングだった気がする。ゴロが良かったから、結構使っている人も居た気がするけれど。内閣総辞職ビームと違ってそっちは作中で呼ばれていたっけな。歌舞伎役者みたいな声の出し方が結構受けていたよね、あの演技。


「……おい、あの子やっぱり605号室に用事があるみたいだぞ」


 ずっと彼女の様子を監視している城崎は、そう言ってぼくの裾を引っ張る。引っ張ったところで何かある訳ではない。アプローチとしては的確かどうかと訊ねられると、それは間違っていると認識せざるを得ないのだけれど、それについてあんまり考える余地はないんだよな。だって、ずっと監視し続けて疲れないのか? ぼくは疲れている。ってか飽きてきた。


「飽きっぽい性格だからとは言え、飽きるのが早すぎだろ……。あ、見ろよ。あの子……鍵を開けようとしているみたいだぞ」


 鍵を開けようったって、あの部屋は噂通りに行けば、開かずの扉があったはずだけれど……。しかし、そうなるとやっぱり彼女もその噂を聞き寄せてやって来たということか。見た目に寄らず、ミーハーなのかもね。

 彼女はギターケースを床に置くと、それを開き始める。

 そして、そこから取り出したのは――ある物だった。


「おい、あれって……日本刀?」


 そう。紛れもない日本刀だった。ギターケースに入れることが出来るのは別にギターだけじゃないのは、何となく分かっていたことでもあったけれど、しかしいざそれを目の当たりにすると、やっぱり驚きが前に出てしまうものなんだな……。というか、日本刀って普通に銃刀法違反だと思うけれど、やっぱりそれを見せないようにするためのダミーなんだろうか? もし飛行機で行こうとしたら金属探知機で引っかかって一発アウトだと思うから、恐らく遠出するときは新幹線になるのかな……。新幹線って今、金属探知機はないんだったかな? 荷物のサイズが限定されて、そのサイズ以上の物を持ち込むならば、追加料金がかかるとか予約しなければならないとか――何かそんな面倒臭いルールが制定されていたような気がする。きっかけは間違いなく、東京オリンピックなんだろうけれど。

 しかし――日本刀か。どうして彼女は日本刀を持ち歩いているのか、ということについて。気になるのはそこだった。だってこんな場所と日本刀の因果関係が見受けられない。現状だって日本刀は、大抵何処かの屋敷の家宝として大切に保管されていたり、博物館や神社の宝物庫に残されているケースが殆どだ。最近は日本刀が擬人化したゲームが世に出回ったことで、日本刀ブームがやって来て、クラウドファンディングとか博物館の展覧会に女性がメチャクチャ多いなんて話も効いたことがある。もしかして、そういう類いだったり……しないか。彼女達は日本刀に興味を持ったとしても、わざわざ危険を冒してまで日本刀を所持したり持ち歩いたりすることはしないだろうし。


「しかし……日本刀ってこの時代持ち歩いているのは結構レアだよな。まさかほんとうにそんな人間が居るなんて思いもしなかったよ」


 そうだな。これが例えば小説の世界だったら、案外それも有り得るんだろうけれど……。もしかして実はこの世界は小説で、読者が居たりするのかもしれないな。それはそれで面白い考えではあるけれど、仮にそうだったとしてどうやってそれを証明するのかね? 神様でも目の前にやってくれば、嫌でもこの世界がそういう世界だと認識出来るのだろうけれど、そういうことは有り得ないだろうし、予告して神様が舞い降りるなんてことがある訳ない。それはとてもチープな感じがするのだし、自分で自分の価値を下げているような気がするけれどね。

 日本刀を持っていた少女は、扉の前で何かぶつぶつと呟いているようだった。呪文か何かかね? アニメや漫画で見たことがあるけれど、陰陽師とか退魔士とかそういう類いの存在だったりするのかな。だとしたら、ここに何か人間ならざる何かが居るのかな。


「あ、おい。何かするみたいだぞ」


 城崎はじっと少女の様子を眺めていた。ほんとうに暇人だなお前は……。もっと何かやるべきことでもあるんじゃないのか。まあ、この状況でやることなんて少女の様子を眺めるぐらいしか選択肢がないので、それをするのは当然とも言えるのだろうけれど。

 少女は日本刀を抜き、じっと目を瞑っていた。……瞑想でもしているのだろうか? たまに見る剣道の達人でもそういう風に瞑想する人も居るよな。やる前に精神統一することで、ターゲットに集中するんだったかな。

 ガタン、という音がしてぼくはそちらを見る。少女が何かをしたようだ。日本刀を鞘に仕舞い、そのまま中へと入っていく。

 ……ちょっと待てよ? 今、部屋の中に入っていったよな?

 少女が居なくなったのを見て、恐る恐るそちらに向かってみる。するとそこにあったのは鉄扉だった。錆びていて表札の名前も掠れていて分からなくなっていたのだけれど……、問題はそこじゃない。問題は鉄扉が三角形に切り取られていた、ということだった。確か、都市伝説によるとここは開かずの扉だったはず。ということは、ここに入るのは、たとえ管理人であっても出来ないみたいな趣旨だったと記憶していたが……。


「おい、これどういうことだよ……。さっきの女の子が、刀で切ったってことかよ? 日本刀って鋸やチェーンソーレベルで切れ味が良いんだったっけ?」


 いや、少なくともそんなこと聞いたことはない。雑学を定期的に仕入れているぼくとしてみては、そんな話は全く聞いたことはなかった。初めて得た知識だからだろう――なんてことも言い切れるかもしれないけれど、仮にそうであったとしても現実離れしている。

 日本刀って金属も切れるんだろうか……。それも針金とか薄い板とかじゃなくて、何センチもある昭和の団地に有りがちな重い鉄扉をだ。一刀両断という言葉が正しい認識なのかもしれないけれど、仮にそうであったとしても、切れ味がおかしい。そんな刀がほんとうにあるとするなら、ニュースやネットの記事で散々話題になっていたはずだろうけれど、少なくともそんな話は聞いたことがない。

 しかし、今起きていることは現実だ。試しに頬を抓ってみたが痛かった。

 

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