第4話 ストーキング
旧館でも一番古いと言われているA棟は、人が住んでいるかどうか分からないと言われているぐらい、人の気配がしない場所だった。幽霊屋敷ならぬ幽霊マンションと言っても差し支えなかった……。しかしながら、幽霊マンションと言っても人は住んでいない訳ではなくて、時たまここを出入りする老齢の男女を見かけることがあるから、少なくなってはいるけれど人は住んでいるのだと思う。あくまでぼくの勝手な想像だけれど。
「それにしてもあの女の子……あんなデカいケース持って何をするつもりなんだ? 全然見当がつかねえんだよな……。まさかギターでも弾こうと思っているのかな。この廃墟に防音室があるようには思えねえし……」
そりゃあ、ギターの練習に来るならわざわざこんなところに来るより新宿駅まで行けばスタジオの一つや二つはあるだろうからな。それについては違うとはっきり言えると思うよ。
ただ、その可能性が明確に否定されるのであれば――その答えが見えてこないのもまた事実。わざわざこんなところまで足を運んだのだから、何かしらの理由はあるんだろうけれど、今の状態では怪しさオーラがマックスである。冷静に考えて、こんなところに来る人間はまともな思考を持ち合わせていないのだから――それはそっくりそのままぼく達に跳ね返ってくるのだけれど――、普通ならそのまま警察に通報するのが正しい選択なのだろうけれど、悲しいかな、ぼく達は好奇心が勝ってしまった。正確には城崎に乗せられてそのままついてきてしまった訳で、ぼくとしては全く行く気にはならなかったのだけれど、しかし結果からしてみればここまでやって来ている時点で最早言い逃れは出来ないので、ここで何か言われたところで言い返すことは出来ない。
だって、現にぼくは立ち入り禁止の場所にやって来てしまっているのだから。
一発アウトの検定ならそのままアウトだ。サッカーならレッドカードで即退場を命じられても文句は言えない。
「……しかし、あの女の子……どんどん上に登っていくな。何を目的にしているんだろう? まさか一人で心霊スポット巡り? だとしたら肝の座った奴だよなぁ。おれなんか一人でこんなところ行きたくないもん」
男だろ。それぐらいの気概を見せて行動しないでどうするんだ……、と普通ならばそういう風に鼓舞するんだろうけれど、ここに関しては完全に同意する。ぼくだって怖がりではないのだろうけれど、しかしながら自ら進んで心霊スポットに足を運べるかと言われたら……答えはノーだ。お金を積まれても行きたくないね。バイトとか言われても厳しいかも。こういうところに仕事に行く人は、相当自分に自信を持っているのかもしれないし、それなりに給料を貰っているのかもしれない。ってかそうであって欲しい。こういう場所での仕事の給料が、のほほんと過ごしている――というと数多くの働き手を敵に回してしまうが――アルバイトと同じぐらいだったら、それはそれで働き手が居なくなってしまうと思う。
危険であるならば、それなりの対価を払わなくてはいけないのだ。それが自然の摂理であり、真理でもある。ブラック企業はそういう危険手当をケチったりしているらしいけれど、それなら人手不足になって当然だ。自分で手を打てるのに打たないで、人手不足だと喧伝しまくったところで改善する訳がない。改善出来るところは、自分で改善しなければならないのだ。それは企業だろうが個人だろうが、案外変わらないことではあるのだろうけれど。
「ただ、何て言うのかね……。心霊スポットって、普通の人は行こうとは思わないんだよな。自殺の名所ならまだしも、大抵の心霊スポットって廃墟にあるだろ? そういうところって基本的には誰かが持っている土地な訳だし……、もし見つかったら色々と面倒なことになるかもしれないからな」
それを言ったら、ぼく達も異端児ってことになっちまうだろうが。
それについては、完全に否定も出来なければ肯定も出来ない。自信を持って、自分は常識人ですとは言えないからな。
「でもよー、あの子はやっぱり……どうしてそういうことをするのか、気にならねえ? 一人でこんなところの心霊スポットまでやって来るって、よっぽどの物好きしか居ないような気がするがね」
こんなところ――と言っても、東京都内だし、大ターミナル新宿駅から電車で一本という好立地ではあるのだけれどね。いや、心霊スポットに好立地も何も意味がないような気がする……。だって、殺人現場だか事故現場だかを取り扱ったウェブサイトもあるぐらいだし、案外そういう物を目当てにやって来る人は居るのかもしれないけれど、不動産業者からしてみれば商売あがったりではあるのだよな。だって事故物件って、普通に考えて借りようとは思わない訳だし。それこそ物好きな人が居ない限り不可能だろう。確か、最初に借りた人には告知義務が生じるから、その人には事故物件である旨を伝えないといけないらしいけれど、二人目以降はそれが除外されるらしいんだよな。だから不動産業界ではそれを狙って、短期的に誰かを住まわせることによって告知義務を回避することがあったりなかったりするらしい。まあ、それも前述の事故物件サイトのせいで意味を成さないのだけれど。
「ここはそもそも事故物件じゃないような気がするけれどな……。だって、古くなってしまったから人が住まなくなっただけ。ただの廃墟と言っちまえばそれまでだ。ただし、都市伝説は流布されているけれどな」
「……その都市伝説の出所って何処なんだろうね? ネットで広まっているにせよ、口コミで広まっているにせよ、それを最初に言い出した張本人が居るのは当然じゃないかな。ネットで生まれた創作なのか、はたまたほんとうに実在するのか……」
「興味は湧いてくるけれどな……。そのためにおれ達もここまで危険を顧みずやって来た訳だからな!」
やっていることは幼女のストーカーでしかないのだけれどね。
もし彼女が警察に通報したら、ぼく達一発でアウトだよ。
そして――ついにぼく達はやって来た。
あの都市伝説、『開かずの605号室』の噂が流れている――六階へ。
「……ただ登ってきただけなのに、どうしてこんなに疲れているんだろうな?」
「そりゃあもう、ストーキングという普段やらないようなことをやっているからでは?」
それ以外に何があるというのか。
しかし、六階まで真っ直ぐにやって来たのは、やっぱりあの都市伝説を探りに来たのか、それともここから見える夜景でも見に来たのか――いや、どう足掻いても後者は有り得ないな。第一、ここから見える夜景を楽しみにしているなら、もっと良いところから夜景は見られる。東京タワーとか、東京都庁とか、スカイツリーとか。都庁は確か展望室は無料だったかな? あんまり近すぎて行ったことないんだよな。スカイツリーなんか最初行った時、展望室へ向かうためのチケット代が高くてびっくりした思い出がある。結局下にある郵便博物館を見た気がするな……。世界各国の切手が展示されているんだけれど、凄いんだよな。そんなに広くなくて、こぢんまりとしているのだけれど、行ってみる価値はあると思う。ソラマチにも色々と見学出来る施設もあるし、買い物をするなら困らないしね。水族館もあったような気がするな。後は映画館があれば完璧な気がするけれどね。スカイツリーまで行って映画を見る人間が居るかどうかと言われると、それはぼくにも分からないし、素人の予想をさせてもらえるのであれば、見に行く人は居ないだろうという判断しか出来ない。東京都内には大量に映画館――もといシネマコンプレックスがあるのに、どうしてわざわざスカイツリーまで行かないといけないのか――なんて思う人が多数だと思う。現にぼくもそうだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます