第3話 開かずの605号室

 そして、その戸松団地の都市伝説の中で、まあまあ有名なのが『開かずの605号室』。簡単に言ってしまうと、既にタイトルでネタバレをしてしまっているのだけれど、旧館A棟――この戸松団地で一番古い建物だ――は、ところどころ崩壊の危険性があるため、四階以上の立ち入りを禁止している。現在でも三階までは人が住んでいるために、建て替えや取り壊しも難しく、何とか交渉していきつつ現在に至っているその建物なのだが、夜になるとヤンキーのたまり場になるらしいのだ。実際、管理事務所にも苦情は寄せられているようで、監視カメラや巡回などでどうにかこうにかして対策を練ってはいるらしい。

 しかし、いたちごっこという言葉でもあるように――対策をしたところで、その対策というのは百パーセント穴を塞ぎ切れていないものである。ならば当然その穴を突いてくることは、想像に難くない訳で、その穴が予想も出来ていないところであるなら、猶更その対応には時間がかかるという訳だ。

 そして、旧館A棟は古い建物だからかもしれないけれど、ヤンキーも居れば度胸試しでやって来る学生も多いんだという。まあ、近所に大学がちらほらあるから、大学が一つあればそのうち一パーセントでもやんちゃな学生は居るだろうな……。別に大学という高等教育機関そのものを否定するつもりはないのだけれど、もっと学業に励んで欲しいとも思う訳だ。一応、親が出してくれている学費で通っているのだから。その言葉は、そっくりそのままぼく達に跳ね返ってくるのだろうが。

 ……脱線してしまったので話を戻すと、旧館A棟に度胸試しに行ったあるカップルが、その話の発端であると言われている。カップルが度胸試し……、実際には肝試しって言うんだっけ? まあ、どちらでも構わないのだけれど、その度胸試しにやって来た時に、ゆっくりと登って六階まで向かったらしい。

 旧館A棟は七階建てで、屋上にある景色を見て終わりにするのが度胸試しのルールらしいのだけれど、それが起きたのは度胸試しの後半戦、六階に進んだ時のことだった。六階のワンフロアは当然昔から誰も住んでいない訳で、人の気配なんてするはずもないのだけれど、その時は人の気配がしたらしい。

 その場に居たら、怖くて動けなかっただろうな……。そしてそういう態度を取ったのは彼女さんの方で、ビクビクしていたけれど彼氏の方は何とかその気配のする方までやって来ていたらしい。その部屋が、605号室。何処も扉は開いているはずなのに、そこだけはびくともしない。電気も点灯していて、誰か人が居る様子すらあった。

 ノックしても、インターホンを押しても当然反応しない。不気味になりながらも振り返ったその時、彼の背中からこう声をかけられたのだという。

 もう帰るの? と。

 慌てて彼氏は彼女の居た所に戻る――というかそこで女性をひとりぼっちにしていた彼氏にも問題はある――のだけれど、彼女は居なかった。結局行方不明になってしまって、ショックで彼氏も精神を病んでしまった……という話。

 これが、戸松団地に伝わる『開かずの605号室』、その顛末である。


「……そうそう、それそれ。その『開かずの605号室』だけれどさ……、今度それを確かめてみねえか?」


 今、何とおっしゃいました?


「だーかーらー、その都市伝説がほんとうか嘘か、おれ達の手で解決しようぜ、って言いたいんだよ。おれ達、暇だろう? 暇だからこそ、やるべきことがあると思うんだよ。そう、例えばこういう都市伝説の真偽を確かめたり……!」

「それをしてぼくに何のメリットがあるのか、原稿用紙一枚で言って欲しいものだね」

「楽しそうだから」


 ツイートより少ねえじゃねえか。

 自由律俳句と言われても少し納得するレベルだぞ、それ……!


「俳句は良く分からねえけれど……、普通は五七五七七の流れを踏んでいれば良いんじゃねえの?」


 それ川柳じゃないか? あれ、それとも短歌だったかな?


「それは別に良いんだけれどよ……。どうする? やってみたいと思わねえか。『開かずの605号室』をおれ達だけで解決する、っていう画期的なアイディア! こんなこと、きっと優等生の連中には思いつかねえだろうな」


 そりゃ、優等生はそんなことしようとは思わないだろうからね。

 わざわざ見えている地雷を踏み抜こうとする程、彼らも馬鹿ではない。


「……何か馬鹿にされたような感じがするんだけれど、気のせいか?」

「いいや、そんなこと全くもって思っちゃいないよ。……で、どうしろと? あの監視カメラを掻い潜ろうと思っているのかい。赤外線を弾く服でも持っているのか、君は」


 旧館A棟に入るのは、別に難しいことではない。オートロックなんて物は備わっていないからだ。

 しかしながら、三階より上に行こうとするならば――ロープを超えて監視カメラをくぐり抜けないといけない。センサーだって備わっているとか備わっていないとか噂があるぐらいだ。ぼく達よりも悪い成績の人間――要するにヤンキーとかぐれた人間が――入ろうと試みたこともあった訳だけれど、幾度となく失敗している。そんなことを考えるぐらいなら英単語の一つでも覚えれば、自分のためになると思うのだろうけれど、そんなことが考えられるならヤンキーにまで落ちぶれちゃいないよな。


「……それを何とか頑張るのが醍醐味だろー? おれだって何度か考えたけれど、やっぱり難しいんだよな……。うーん、透明マントでもあれば解決しそうなんだけれどな」


 透明マントをそんなことに使うなんて、浅はかな考えにも思える。


「つまりそういうところには入らない方が良い……って誰かが教えてくれているんじゃないか? そうだと思うよ。ぼくはあんまり面倒は起こしたくないし、起きて欲しくないし、関わりたくもないから、そもそも行きたいとは思っていなかった訳だけれど」

「おい、見てみろよあれ」


 聞けよ、人の話。

 しかしそんなぼくの話を置いて、城崎はあるところを指さした。

 そこに立っていたのは、一人の少女だった。ギターケースを背負った少女は、何処かその場所に似つかわしくないような気がする。背格好もぼくより少し低いぐらい。幼げな顔立ちからして年齢もぼくより低いのだろう。……だとしても、彼女はどうしてここにやって来ているのだろうか?

 最初に考えたのは、家族がここに住んでいるから。それは至ってシンプルな回答ではあるけれど、だとしたら何度かぼく達は彼女を目撃しているはずだ。……正直、人の顔を覚えるのは得意ではないけれど、心当たりはない。

 ならば、どうして?


「……あの少女、追いかけてみようぜ。都市伝説の謎が蔓延る団地に謎の少女現る……、何とも面白そうじゃねえか? まとめサイトにも上がっていそうなタイトルだし」


 まとめサイトは一応閲覧数に応じてインセンティブを得ているから、少しはセンセーショナルなタイトルにしないといけないのだろうけれど。

 しかし、気にならないと言えば嘘になる。どうして彼女はあの建物に入ろうとしているのか。少しだけ……調べてみても良いような気がした。

 そんな些細な――ほんとうに些細なきっかけで、ぼく達は少女の後を追いかけるのだった。


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