第一章 令和最初の退治屋

第2話 戸松団地の都市伝説

 西暦二〇一九年、日本は元号を令和に変更した。天皇陛下は上皇陛下となり、皇太子殿下は天皇陛下となった。それだけではなく、日本ではお祝いムードで迎えられた元号の変更ということもあり、様々なイベントが開催されることとなった。

 そしてそのままオリンピックに突入――かと思った矢先、世界中で感染症が蔓延。今までのスタンダードは大きく変更せざるを得なくなった。それだけではなく、様々な災害が起きていたことから、ネットではまた元号を変更した方が良いのではないかという冗談まで飛び交うようになっていった。

 団地の一角にある公園も、今では随分と少なくなったと思う……。そもそも子供が外で遊ぶこと自体が少なくなってきた訳だし。今の子供はニンテンドースイッチでも持ち合わせて無人島生活でもしているのだろうか。或いは、狩猟生活でもしているのだろうか。いずれにせよ、最近のゲーム事情はよく分からない……。ついこないだ次世代ゲーム機が発売されたと話題になっていたけれど、あまりの大きさに辟易してしまうぐらいだった。あれをテレビの下のスペースに収納だなんて、少なくとも日本では出来ないような気がする。

 ともあれ、そういうことについていけないぼくからしてみれば、公園で友人とキャッチボールに勤しむぐらいしか出来ないのであった。


「ソーシャルディスタンスって、難しい話だよな」


 そう言ったのは友人である城崎きのさきだった。キャッチボールをしながらではあるものの、そういう状態なら話し合いだって出来るものだ。別にぼくはそこまで運動神経が悪い訳ではない……。しかしながら、今この状況においてもマスクはしっかり装着している辺り、すっかりその新しい生活様式に慣れてきた、と言えるのかもしれないけれど。


「別に、ソーシャルディスタンスとは言うけれど……それを守る守らないは本人の勝手だからな。実際感染症の感染リスクは抑えようと思ったって、結局感染してしまうんだから。あれ? ワクチンの開発にはどれぐらいの年月がかかるんだったっけ?」

「こないだニュースでも言っていたけれど、来月には全員に注射するって言っていたと思うよ。もしそれが実現するなら、今年はオリンピックも出来るんだろうなあ……。ゴールデンウィークは久しぶりに遠出出来そうだよ。ほら、国が色々やっていただろ。旅行するとクーポンあげるよって制度。うちの親もあれを使おうとしていたんだけれど、その直後ぐらいに東京の感染者が増大しちゃったもんだから、周囲から非難を浴びちゃって。そりゃそうだよな……、感染リスクを抑えようって皆で言っているのに、暢気に旅行なんて出来やしねえよ。旅館や観光地はきちんと感染リスクを抑えて動いているんだろうけれどさ、罹ってしまうものは罹ってしまう訳だし」


 しかし、それがそうとも言い切れないのが、人間の性だったりする。やっぱり遊びたい時には遊びたいだろうし、働きたいときには働きたいだろうし、休みたい時には休みたいと思う。……一部は違う回答だったりするのかな? まあ、価値観は人それぞれだから、それについてとやかく言うつもりはないのだろうけれど、それにしてもやっぱり人間というのは醜い生き物なのかもしれない。そりゃ大洪水で流したい気持ちにもなる。


「お前は昔の神様かよ。……って、それは良いけれど、今日は舞ちゃん来ねーの?」


 舞――ぼくの賢妹であり誇るべき妹であり唯一の妹。いつもならば、ここで城崎と一緒にキャッチボールをするのだ。というのも城崎とぼく達兄妹は幼馴染み――城崎と妹は年齢が少し離れているけれど、年齢が離れていても幼馴染みの分類には入るのだ――な訳で、だからこうやって暇な時は遊ぶ機会も多かった。いつもだったらゲームセンターとか映画館とかショッピングモールとか……遠出してお台場に行っても良いし。東京に住んでいるなら、遊ぶ場所は尽きない。

 けれど、このご時世――遠出することはあまり宜しくないとされている。特にそれが、混雑している場所ならば猶更だ。その条件を満たさない場所にしか行くことを許されていない。これは我が家や城崎家のローカルルールではなく、学校からお触れとして出ている。そのルールを守らなければ、恐らく内申点にも影響を及ぼすのだろう。別にぼくは内申点なんて気にしていないのだけれどね。


「舞なら……今日は勉強が忙しいって言っていたな」

「舞ちゃん、頭良いからなー。おれ達と違ってさ。ほら、おれ達って一応高校始まって以来の落ちこぼれ二人組って異名があるだろ?」


 聞いたことねえよ、そんな異名。

 初めて聞いたよそれ。もしかして先生達って裏でぼく達のことそんな風に呼んでいたのか。ちょっとだけ失望したぞ。ちょっとだけ。具体的にはスプーン小さじ一杯分ぐらい。


「元の量がどれぐらいか分からねえから、きちんと比較出来ない対象だな、それって……。まあ、いいや。ほんとうは舞ちゃんにも聞かせてあげたかったんだけれどな。面白い話があったから、それを教えてあげようって思って」

「面白い話?」


 何だろう。新作のダンスゲームでもリリースされるのかな?

 でもセガってもうゲームセンター事業から撤退したもんな。


「違う違う。……残念ながらそのゲームの話題じゃねえよ。もっと面白い話。簡単に言っちまうと……都市伝説だよ」


 都市伝説。

 要するに言い伝えってことだ。紫鏡にこっくりさん、かごめかごめのほんとうの意味とか陰謀論――まあ色々とあるけれど、大抵はほんとうに証明が出来ていないようなものばかり。紫鏡とか二十歳になるまで覚えていたら死ぬ――なんて聞いたことはあるけれど、ほんとうにそうなのかね?

 で、その都市伝説がどうかしたのか。


「この団地にも都市伝説があるんだよ。聞いたことないか? 『開かずの605号室』って」


 この団地――都立戸松団地は昭和の時代に建てられた施設と、平成後期に建てられた新館が存在する。現在は多くの人間が新館に移り住んでいるものの、やはり慣れ親しんだ家を離れたくないと思う人も居る訳であって、一定数は旧館に残っている人も居るのだ。

 そういった事情もあって、戸松団地は旧館と新館二つの建物が混在する、東京でもちょっと珍しい雰囲気の団地となっていて、何だかそういう物好きにはたまらないスポットらしく、新宿駅からそれなりに離れているのだけれど、わざわざ都バスや大江戸線を使ってここまでやって来る観光客も居たりするのだ。何処に需要があるのか分からないな……。

 で、その戸松団地にも当然都市伝説が存在するという訳。当然と言ったところで、他の団地にもそれがあるのかどうか判断はつかないのだけれど、まあ、何もないよりはマシ。それがホラー要素てんこ盛りの都市伝説だと言われると……、ちょっとそれはそれで受け入れ難いのは確かではあるのだけれど。

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